タイトル
キーサンの生き様から叫ぶ

発達障害批判苦箇条

発達障害批判九箇条

発達障害クタ バレと叫ぶ十一本

発達障害にハンタイするための苦箇条

発達障害批判の根幹十一本
 
リード
現代書館刊行「福祉労働」 154号元稿なのですが、
はっきりと友の会のホームペ ージに

『発達障害概念』に反対していることを明記しておきたい
と想いました。

そして、その想いは、根底的に精神病院に入院していた体
験と直接的につながっていることをも、
ハッキリしておかなければと 、

この原稿の後半は、
えばっちの一年間近くの入院 セーカツに為っております。

何故そうなっていくのかも含め、ぜひとも、ごらんになっ
てくださいますよう、よろし くお願いいたします。
 
発達障害批判苦箇条発達障害批判九箇条

発達障害クタバレと叫ぶ十一本

キーサンの生き様から叫ぶ

発達障害にハンタイするための苦箇条

発達障害批判の根幹十一本
 
序カ条 患者会破壊 キーサン文化破壊箇条
発達障害とは精神病者の文化とセーカツ、患者会文化とセーカツの破壊者となる 
我々を蔑すむためのコトバが、また一つ、この世に、生まれ出た
我々、キチガイを落チ込ませるためのコトバが、
またひとつ、この世に、生まれた出た


我々を見下すためのコトバが、また一つ、この世に、生まれ出た
我々キチガイを陥れるためのコトバが、またひとつ、この世に、生まれた出た

我々を侮蔑するためのコトバが、また一つ、この世に、生まれ出た

我々、キチガイをますます、惨めにするためのコトバが、
またひとつ、この世に、生まれた出た

我々をクルシめるコトバが、また一つ、この世に、生まれ出た
我々、キチガイを、地獄の底に蹴り落とすためのコトバ が、
またひとつ、この世に、生まれた出た
我々を殺すためのコトバが、また一つ、この世に、生まれ出た
我々、キチガイを競争へと追い立てるためのコトバが、
またひとつ、この世に、生まれた出た
我々を差別するためのコトバが、また一つ、この世に、生まれ出た
我々、キチガイの生をますます、無かったコトにするためのコトバが、
またひとつ、この世に、生まれた出た
『発達障害』と云うコトバである
『発達障害』と云う概念である



まだまだ、キチガイを、精神病患者を、
苦しめ足りない、殺したりないと云うわけか。
そうか、そうか、そうなのか
再生の物語、それは、ヨカッタ
クスリゼロの物語、それは、ヨカッタ
誤診誤処方からの再生の物語、それは、ヨカッタ
処方薬依存からの再生の物語、それは、ヨカッタ
それは、ヨカッタ、ですね、と云う、ダケのことなのだ
だがモハヤ、それではすまぬ
もはや、それは、ヨカッタですね、では、すまなくなってきたのである。
発達障害に病名を変更した上で断薬が、人を成長させるノダ
断薬こそが、精神医療の被害から立ち直り、自己を見直し、人生を振り返り、人間を成長させることが出来るのノダと云う主張には、怒りを、感じざるを得ない

だったら、精神病でクスリを飲み続けるしかなかったし、
クスリを飲み続けることを選ばざるを得ない
そんな、キチガイに、精神病患者に、病者に
この発達障害減薬強行断薬宣伝論者達は
想像を絶するほどの冷酷さを持って
クスリゼロ圧力
社会 復帰圧力

絶望と共に、更なる屍を積み上げながら、押し付けてくる
ドンナ美辞麗句を散りばめようと
クスリを飲んでいる患者には、人間としての成長ナんゾ
あり得ないと
匕首を突きつけてくるのである
これは、差別どころではない
これは、差別を超えた、我々キーサンへの
精神病患者への悪辣極まりない、攻撃である。
自殺圧力、
と云う、
絶望圧力、
と云う、
おそるべき虐待行動なのである
ソレが精神医療の真実とは、恐れ入りました
本当に恐れ入った

 
発達障害概念、反対ナノです。クタバレなのです。何故って、余りに差別的であり、余りに余りに健病者的であり、保安処分的であり、積極治療主義的であり、社会復帰的であり、社会要因の無視化であ り、オモタい病者の見殺し化であり、エリート障害者的ダカラであり、本当に差別的な最低のシロモノであり、団結と云うか患者会と云うか、『患者会』的在り方に対して侮蔑的であり侮辱的であり、精神医療福祉銭儲け拡大主義的であり、概念が勝手に無定見に拡大シテシテマう。ホント、この障害概念は、ナニモカモを飲み込みながら、概念の拡大をし続け、人格障害、精神病質まで、生物的精神医学の遺伝子探しマデも衣替えして再復活を遂げていますよ。

 だから当然、かえって精神科クリニックの、精神病院の、精神科の薬の、保安処分対象者を徹底的に拡大に次ぐ拡大をさせるだけでしょう。特にとくーーには、心理が、もうウハウハに拡大デスヨ。心理の裾野の増大に次ぐ蔵大、拡大に次ぐ拡大に、 手を貸しただけだ。しかも古くからある『人格障害』の焼き直し的側面も強く、だから、健病者による患者会文化の破壊に手を貸す概念になるでしょう。それだけじゃあーない、青い芝の会から続く、この五十年近くにになるありとあらゆる障害者の自立への取り組みを、アッサリ発達障害者の依存とサポートチームにすり替えられてシマウんですよ。そう、障害者の『自立』とは『依存』であったのだ、に、掏り替える装置なんですよ。そうすれば、専門職の飯の喰いハグレが、無くなるんですよ。

 

ハッタツ障害は、おそらく、既存の精神医療の根絶にはツナガラナイ。かえって、既存の精神医療や福祉が発達障害方向に拡大していくときの補強材料として利用されるであろう。ハッタツ障害は、おそらく、発 達障害で社会復帰を目指すための補強材料として利用されるであろう。才能を花開かせて、社会に貢献しよう、と云うわけなのである。特に、ハッタツ障害者は、こう言われて、ジブンでも言いながら舞い上がりつつ、腐った社会復帰競争を煽り抜くダロウ。このようなサポートとサポートチームとハツタツ特性理解があれば、人し並になれるタラ、大した人物になれるタラ、いやいや、本人の才能が開花するんやーー、ゲージツ家に為れるんやと云う、背中には翼まで、はえてます、と言い出すとはなぁぁーーつまり半端者センセイ五職にナレルゾーーーという低学歴の精神病者への差別観蔑視感情を伴った鼻持ちならない健病者のエリート障害者の社会貢献路線をもって、自立を目指すシンドイ生き方をやらなく ても良いぞーーーというハッタツ音頭シャカイフッキ音頭の唄と踊りにあけくれる十年間を補強し、健病者文化の社会復帰路線を強化し、新たな発達障害型の日精診、全家連、全精連、病者集団、精従懇、日臨心を、ベテルムカイヤチヤチ、コラルマキマキコなどを、次々と、生み出すであろう。

 ハッタツ障害は、おそらく、社会復帰路線という、社会参加路線という、社会貢献路線という右肩上がり家族会路線を延命再復活にするための補強材料として利用されつくすであろう惜しいことであった、惜しいことであった、本当に惜しいことであった。ハッタツ障害音頭は、おそらく、既存の精神医療の根絶にはツナガラナイそして、その音頭の踊りが一段落する十年後を見てみたらよい。一体ナニが残っている かを。さぞやさぞやな、依存する社会復帰競争の社会貢献競争の果てにナニが残ることに為るのか、想像してみたら良いのダ。

 ハッタツ障害は、おそらく、反社会復帰と云うキーサン文化を、働かない権利と云うキーサン文化を、さらには「生命の底で居直る」というキーサンそのモノの生命を、破壊してしまうだろう。そしてそれは、おそらく、このニホン低國と云う社会に対してそのシミンと支配者達に対して、根源的な『反』と『叛』と『乱』を対置し得ただろうと想われるキーサン文化を、捨て去るコトとなるだろう。だから、牙をもったキチガイから社会への『反』と『叛』と『乱』とを徹底的に亡き者にするための補強材料として利用されつくすであろう。患者会ナルモノをツブしたくてツブしたく て、無視したくて無視したくてタマランカッタおレンヂュウに素晴らしい患者会つぶしの武器を提供するコトに為るであろう。惜しいことであった。

 ハッタツ障害は、おそらく、患者会を、患者会文化を、歴史から抹消するための主攻正面と為るコトであろう。ツマリかえって、既存の精神医療や福祉が、発達障害方向に止めどもなく巨大化していくときの補強材料として利用され尽くすであろう。それが証拠に、イライ―リリー社のパンフを見て御覧なさいな。 こ病院での外来の待ち時間が長いのである。ナニカ読み物でもないかと、外来のブックスタンドを見るとアッタアッタ、大量の発達障害タラあすぺるがータラの宣伝パンフレットである。何種類もアルので、ビックリした。ビックリついでに、発行 元を見て、更に、ビックリした。イライーリリー社なのである。どうりで、カネのかかった、豪華版のパンフレットが、自由に持って行ってくださいよ、とばかりに、並べてある。イライーリリー社が宣伝に努めているのである。ドウとでも取れる診断基準をタレ流しして、煽りに煽って、ハッタツにクスリをぶち込もう、と云う魂胆がミエ見えなのである。ケッキヨクは、クスリの全体量は、増えるであろう、何故に、ソンナことも、ワカラナイカネ―――クスリ屋もぼろ儲けを狙っていると、いうに。

 そもそも、キーサン患者会は、精神医療の縮小化を目指して闘ってきたと言って過言ではない。縮小化を目指しながら、身近な精神医療を監視し続けてきたのである。そもそも、この発達障害概念は、新しく 、障害を増やすものでアル。新しく、障害を増やしてはならないのである。何故か、「名前のない生きづらさ」を抱えてきたと云うミナサンが、これから、名前が付いたので、名札が付いたので、安心したミタイなことを、得々と、喋ったり書いたりしておられるので、こう言っておこう。何故か、何故か、何故なのか。その新しい、付けてもらった名札が、諸君らを「T4作戦の最終処分施設」に放り込むことに為るからである。モチロン、我々キーサンをも、である。地獄を見てから、シマッタと想っても、もはや遅いのである。権力は、世間様は、社会サマは、市民サマは障害者や病人に、ソンナに甘くは無いのだ
 それなのに、こうもやすやすと、新しい障害を一つ、増やしてシマッタ。世間様が貼り得る ラベルを増やしてしまって、ドウスルノカ。そしてそれは、三障害から四障害に為った、一つ増えたと云うようなコトを遥かに凌駕するナニカを全ての障害者にもたらしてしまうだろう。ナサケナいハナシである。オソロシいハナシである。

 笠陽一郎や嶋田和子や広瀬隆士の批判なんか、もうどうでもいいノダ。そんなレベルの問題じゃないんですヨ、この発達障害というモンダイは。50年は闘い抜いてきた青い芝の会から続く、障害者の自立と依存、病者内あるいは障害者間の内部差別、障害の軽重による差別、というモンダイなんですよ。だから、笠批判という個人批判が、この問題を矮小化させるように働くようだったら、えばっちはもう笠批判や嶋田批判なんてどうでもよいです。それよりか、この発 達障害のもつ、恐ろしいほどの【差別性】【権力性】【依存性】を暴きたいのです。もうそろそろ、病者、当事者たちも、医療や福祉や心理の専門職たちも、この発達障害概念のもつ、恐ろしいほどの『すり替え装置』『専門職への依存装置』『権力が利用しやすい利用装置』であるところの本質を、見抜くべきときが来ていると想います。さもないと、、、、、 

 腐った専門職が言い始めたことです、しかも、エングランドの。どのような便利な道具であろうと、根底に、我々『キチガイ』と『キチガイ病院』に入院中の患者に対する差別、侮蔑、侮辱に満ち溢れているモノとは、対決するのみです。だから、言ってミロ、や、この戯け者ども、そうそう、ハッタツ障害概念を拡げようとしている医者や、ライ ターや心理のヤツ等と、ジブンはハッタツ障害だと自慢げに話すハッタツ当事者たちよ、オマイ等、『キチガイ』や『キチガイ病患者』よりは、よりマシなものだと、思っているんじゃないのか、正直に言ってミロヤ、オイオイオイオイ、チガウと言えるのか、コラララララァァーーーァーーコラコラコラコラコラララーこの糞戯け者ども。発達支援議員連盟の顔ぶれを見てミロヤーーー発達障害者支援法を見てミロヤー、改正の方向が、エバッチが、叫び続けてきたコトと同んなじやろが、だから言ったろ、名前のない生きづらさに名前つけてもろうて、喜こんどったら、こうなるやろ、登録だけさせといて、後は、少しずつ法律をいじりゃあーーイインヤカラ。その名前のない、少しは、高機能な能力もアルノダ と云うような「高機能性ハッタツ」の名札貼ってもろうたら、それは同時に「T4作戦の最終処分施設」へのパスポートにも為るノンや、ナニが特性理解がパスポートなんヤ、ホラミロや、大笑いしてやる。とうとう、言うタとうりに為っていきやがる。キチガイも諸共にヤラレそうヤナ。こんチクショー、ハッタツ拡めたヤツ等、セキニンとんなはれや。
 発達障害問題は、ね、今やセード的セイヂ的ホーリツ的モンダイ、課題なんですよ。もはやね。それが、分からないのかナァァァァーーー、行政と学会として、非常に政策的に、拡大したんですよ、それ、ワカンナイノカカナナナァァァァァァァーナァァァァァァーーー

 教育の方のゲンバでは、6.カンタラパーセントと云う数字が独り歩きして、スクカンが、ちょっと、教室や、学校や、先生にとって、都合の悪い子供たちを、探し出してきては、6.カンタラパーセントに為るヨウニ、ハツタツ障害を貼りまくり、精神科につなぎ、クスリを入れているんだ。教育の現場では、スクカンのゲンバでは、ハツタツ障害イコール精神科イコールクスリになってるのが、わからナイノカナァァァーー、スクカンが、そう叫んでいるではないか、良心的スクカンが、タマラナクなって、そう、自白を始めているではないか。

 母親たちは、結局はハッタツゲンヤクバージョンエンドレスリピート全家連をこしらえ、クスリがゼロになって、就学就職に成功した我が息子や娘たちを中心に、社会復帰バリバリの、家族会傘下のハッタツ当事者会を、作り上げるでしょう。ハッ タツクリェイティブハウスか、ゲンヤクハッタツダンヤク拷問ハウスを作り上げるでしょう。本人の了解なしにやれば、どのように良き意図をもってやったとしても、拷問になるのです。新しいタイプの精神科拷問課ですダンヤク拷問、ゲンヤク拷問の、登場です。我々キチガイは、古いタイプの拷問にも、新しいタイプの拷問にも殺される、ことになるのです。そして、笠医師を使いツブシタ後に、ジブンタチに同調する若手医師を確保してきて、断薬専門クリニックまで、つくりあげるかもシレマセン。そして、それらは、結局は、既存の精神医療を強化しつつ、延命させ、患者会文化を、完全に抹消シクさるでしょう。

 なぜなら、それは、当事者の自立ではなく、母親と、医師をはじめとする医療福祉サポ ートチームへの、徹底的な、依存を勧めるからです。拷問されながらの依存に、ハッタツ当事者は進んでいくのです、自らね。「依存する社会復帰競争」というか「社会復帰のための依存競争」といったものになっていくでしょう。見方を替えれば「拷問されながらの依存競争」というか「依存させながらの拷問競争」とでも、いうか。依存してナニが良いのだ。クスリを増やすのも減らすのも、入院させられるのも、施設に入れられるのも、母親と精神医とサポートチームの好きなようにさせられるんですよ。モチロンうまくいった場合のハナシです、それは。ウマクはいかないと、十年以上も拷問が、続くことになる退行から、もどらないことも、ある、、、、、親子心中までも、、、ね、、もどってはこないこ とも、あるのです、よ。ゲンヤクが、ヂゴクのようになることも、多いのですよ。タイヘンナたいへんなコトナンデスヨ。しかも、嘘まで、言ってしまった。ハッタツしかないんだと言ってセカンドしたら先に診断名が決まっているセカンド診断だ。無茶苦茶なことを言っているんですよ。ボクの自己批判なんかでは、済まないんコトなんですよ。


 
❶カ条 差別箇条
差別そのものである
 まずもって、この発達障害概念ソノモノが、とてつもなく差別的ダカラである。

既存の障害概念、疾病概念に対して、徹底的に、失礼無礼の限りを尽くし、た、その上に、この障害概念が成立しているのである。特に重たい自閉症のみなさんや、知的障害者のみなさん、そしてそして、我々精神病患者に対して は、よりマシである、より軽く、より才能がある、と言い回り、知的な障害は無い、精神病などでは無いと云う宣伝を、専門職とも当事者とも、そう、言いつのっているのである。知的障害者や精神病患者に対して、ソウ言うコトがドレだけ無礼で失礼で、傲慢で、鼻持ちならない差別者だ、という事がワカッテはいないのではないか。許されることではない。しかも、世間様の風潮も、ソウなのである。しかも、それでいて、愚かしくも、当然、才能の高低や、在る無し、イロイロあるなかで、ナニかしらに『成功』した障害者がエライのだ、と云う風潮をばら撒いている、のである。ドウニカなる障害者が出てくるのは、至極とうぜんであろう。
 精神病患者のグループに比べて、ハッタツ障害者の団体は、高 学歴者が、多いのだそうである。実際調査してみて、ビックリした、と云うような、コトを、福祉系の雑誌に堂々と書くアンポン譚もいる、と云うコトだ。しかも、書いた本人に当事者性もアル、と云うダカラ、念のいったアホさ加減ということであろう。ソンなに高学歴が、良いのですかいな、と想ったソンなアホな記事が掲載されていた。これほど、障害者間の能力競争と差別感を野放図に表すコトもなかろうに、、、、しかし、もはや、そんな感覚も麻痺してしまっているのか、、、酷いハナシである。

 何故、あんなにエラそうに、クスリゼロを言うのか。何故、あんなにエラそうに、ハッタツ障害だ、統失ではない、と言うのかトーシツじゃナカツタと、喜びを顔いっぱいに、目を輝かせて、言うのか。 母親が、同じママ友に、満面の笑みを浮かべて、こう言う。うちの息子ね、精神病じゃなかったんダッテ、ハッタツ障害だったんダッテ、と。走ってきて、頬を紅潮させて、そんなに嬉しそうに報告すべきことだったのか。そこに、精神病に対する忌避感と侮蔑感はなかったのか。そこに、精神病患者への差別意識は、ナカッタと、言えるのか。うちの娘は、精神医療と、手が切れたんですよ、と、ソンナに鬼の首でも、取ったかのように、言うのは何故なんだい。だったら、卒業して行ってくれよ。残って、それを宣伝するから、そうはならない者たちがより、苦しむことになる。まるで、そうはならなかった者たちの努力が足りないかのようにエラソウに言う。なんということだ。差別と侮蔑の再生産をやってい るダケだクスリゼロになって、うちの息子は、大検受かりましたって、、、、あーーーソウカナそうかなソウソウソウソウソウカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナナナナナうちの息子は、精神科医になりましたよあーーーソウカナソウカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナクスリゼロになって、うちの娘は、看護婦試験受かりましたって、、、、あーーーソウカナそうかなソウソウソウソウソウカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナナナナナうちの息子は、大学に入りマシたよあーーーソウカナソウカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ

 笠陽一郎医師が、言い腐る。腐った毒殺精神医の大学の教授が、セカンドに行った母親にこう 言い放ったと、書いていた。「どうしてそんなに診断にこだわるんですか精神病に対する偏見じゃないですか」ってっ、かっ。笠医師よ、おれがセカンドのママさんたちに、そしてアナタに、精神病患者に対する差別意識があったのではないかと指摘すれば、アナタはこんな腐った大学教授の話を持ち出そうとするのかい。同じようなことを言っていても、意味が違う。想いが違う。何故か。二十五年以上前の、ぼくの入院体験を、書いてみたンダ、読んでご覧ナ。これは、ほんのひとこま、のハナシさ。そのおれが、はっきりとこう言ってるんだ。セカンドに開いていた大穴とは、発達障害バンザイの精神病者に対する差別意識、忌避感情、侮蔑感だったとね。チガウかな。

 だから、何故、あんなエラそうに、 家族と本人の、努力が足りない、みたいに、言うのかね。何故、ソんなエラそうに、クスリを飲んでいる患者に当たるようなことを、言うのか。さげすむように言うのか。クスリを飲んでいる精神病患者に対して、ものすごく、侮蔑感を侮辱感を、丸出しにしていると感じるのは、おれだけなのかな、、、、、くじら会のママさん達も、成功体験バックにするから・・・えらく、侮辱的だねぇーー

 あえて、言うのだが、過去の、そして現在も、今後も、ワラワラとやってくる病名変更を求めての意識的セカンド受診のママさんたちや本人たちに、精神病患者、精神病、精神症状、精神病患者のセーカツぶり、ビョーキぷりに対する忌避感、嫌悪感、差別感は、無かった、皆無である、と、言えるのであろうか。ソ コの所を再考にも再考すべきであろう。発達障害宣伝活動家たちの書いたものを読んでいると陰湿な障害者差別意識と悪質な蔑視感情が根強くある、と、感じざるを得ないのである。

 だから、健常者社会からもっともモットも激しく非難され差別され続けてきた者こそが、いやーーーな気分を持って、読むことになる。我々キチガイを差別する側が、もう一つ増えるだけの様な気がするのである。すなわち、発達障害者が精神障害者を差別し見下すことである。ハッタツ障害者が精神病患者を虐待し、いい気にナル予感がするのである。

 もっとも、その発達障害者への健常者社会からの差別虐待をも、また、助長しているのではあるが。だから、この発達障害を後生大事にご使用になられている皆さんに言 いたい。自らも差別されているのに、それに気づかないとは、アンポン譚極まりない。いや、気づきつつ、実は気づいているがゆえに、自らへの差別は不問に付し、自ら、より重たい、よりしんどい精神病者を、知的障害者を、自閉症患者を、差別する側に回ったのか。

 だから、それは、精神医療の根底的な破壊に繋がるハズもなく、閉鎖病棟や看護士の暴力、保護室、四肢拘束などの、電パチ、スイカ割り、ガン箱退院の意識的な無視とあいまって、結局は、ハツタツ大好き宣伝広告マン達の精神病者への差別意識と蔑視感、侮蔑感、忌避感が露呈しているのである。陰湿な障害者差別意識と悪質な蔑視感情が根強く、いい気になりながらの、我々キチガイを差別する側が、もう一つ増えるだけなのである。

 すなわち、発達障害者が精神障害者を差別し見下すことである。ハッタツ障害者が、知的な障害は無いンデスヨ、精神病などでは無いンデスヨと、言い回り走り回り言い募り、精神病患者を虐待し、いい気にナルのである。
 


❷カ条 ナンデもカンデも無制限拡大箇条
発達障害の概念が、範囲が、無制限に無定見に拡大していき、ついには意味不明と為ってシマッテいる、そも障害概念の定義自体がドウとでも取れるシロモノである

こう、言い換えても良い
精神医療と心理が発達障害を梃子に無定見無制限に拡大し、ウハウハに儲かる

 そもそも、ムチャクチャな意味不明な、あいまいで広すぎる障害概念ダカラである。ナンデモカンデモ発達障害に為ってしまうのである。ムカシなんでもかん でも、分裂病だったが、今度はナンデモカンデモ発達障害なのである。知的障害、自閉症、精神病、奇人変人、偏屈者、ノイローゼ、神経症、不登校、引きこもり、その他モロモロをすべからく、発達障害だ、と言い切ってシマッテいるのである。過剰診断ナンて生易しいものでは無い。オソロシイことである。銭儲けの為だけに、これだけの障害者増大に次ぐ増大が成されたわけでもあるまいし、その本音を知った時には、コトは、もはや、遅いかもしれぬ。まだしも、ムカシながらのコトバの方が、マシな気がしますがね。

 大体が、精神分裂病→統合失調症→発達障害と、すすむにつれて、レッテルが貼りやすくなっていませんか。分裂病を貼り付け得なかった、奇人、変人、根性曲がりの偏屈じじい、靴を 一足と言わず二足も三足も履いてしまっているヘンクツじいさん、変人オッサン、奇人ヘンクツゲームおたく、等々にすべからく、発達障害を貼り付けているのである。コレは、本当にオソロシイ事だと、想わないのダロウか。誰にでも貼り付けられる。恐ろしいことだ。心理と精神科が拡大してイッテイルンですがね・・・精神科→心療内科→メンタルクリニック→カウンセリングルームと、すすむにつれて受診しやすくなってはいませんか。ノンラベルやのうて、貼れるラベルが増えたダケですよ。ハツタツ障害は患者を倍にするダケですよいや、もっともっと、多くなるでしょう、千倍かな・・百倍かな、、、、、しかも、ナニを誤解しているのか、ジブンの方から掛かりに来る、ジブンの方から症状を増やし ていく、というのか、発達障害は、才能がアルとイコールやと、でも想うのか・・・ジブンのほうからいくんですよね、、、、ソコが、精神分裂病とは、チガイますよね、オソロシイ。

 生活保護で、一人暮らしで、高齢で、精神病院から退院したことのないヨウナ病者達のことを、歴史からなかったかのようにする、ゲンヤクで苦しんでいる患者を、無かったかのように、言う、ゲンヤクに苦しんでいる患者に、寄り添ってはいないような、ゲンヤクをアキラメた患者を敗者扱いし、クスリがゼロになった患者を勝者扱いし、ゲンヤクで苦しんでいる患者に、アンタの努力が足りないからだと、説教と折伏をしてくる。そのような態度に、えばっちは今や、徹底的に笠陽一郎医師を批判すべき時が徹底的にくじら 会の母親たちを批判すべき時が徹底的にハッタツ障害概念と闘うべき時がついに、来たのだと、自己批判しながら闘うべき時がきたのだと、想い知ったのです。

 もっとも、アンポン譚な状況は、精神病は存在しない、アルのは発達障害ダケである、とまで、言いだしているのである。しかもしかも、その診断基準たるや、お粗末トシカ言いようのないモノなのである。ある医者のハッタツ障害の診断基準を聞いたときに、腰を抜かしたのである。得々と語る、その診断基準は、ドウとでもトレれるシロモノで、なおかつ、ムカシの人格障害概念と、ソックリ同んナジモノなのである。しかも、当の精神医は、そのことに気づいてもイナい様子なのである。ナニを寝とぼけているのか、アンタは今、一人の患者を、 発達障害の名のもとに人格障害である、と、診断しテシマッタたことに気づきもシナイのである。しかも、知的障害のセカイのみなさんが、セーカツとしてもウンドーとしても、営々と積み上げてきた、「暦年齢に見合った発達レベルがある」と云う「発達保障論的」な腐った概念に対する批判の数々を、アッサリ否定してしまっていることに、気づくことも出来ないでいるのである。そらおそろしく、寒々としたものが、背筋を走ってしまい、アホらしくて、その医者を批判することすら、アッケにとられてしまい、出来なかった次第である。ナサケナいハナシである。

 余りにムチヤクチャな曖昧で範囲拡大増加の概念故に、とうとうムカシながらの人格障害、精神病質、発達保障論の再復活とともに、ドンな ニンゲンにでも、貼り付けられる、まことに便利な名札と化してシマッタ。腐った専門家の諸君には、まことにケッコウな重宝な名札を、監察札を手に入れたのである。心理と精神医と教育者どもは、ウハウハであろう。おっと治安監督官連中もね。だから、当然、特性理解者サポーター、サポートチームなどとは、結局のところ、精神医療と福祉と教育が発達障害方向へ拡大していくときのボロ儲けのタネになるであろう、と云うことである。クスリと電気ショックと四肢拘束で儲け、ハッタツ障害のミナサンへのサポートチームでも、また、ボロ儲けするのである。依存してくれるので、飯の喰いはぐれがないのである。まことに、ケッコウな、お商売なのである。精神医療と福祉は、根絶も縮小もしていかない 。拡大していくのである、オソロシい。心理職の国家資格化おねだり路線を見よ。

申請神聖ハッタツ博士片岡聡のリトプごっこを見よ。NHKから金もろうて、議員様相手に、法整備、制度政策おねだり講演会、開きくさった、笠セカンドからとうとう、こんな戯けた当事者が、悪辣極まりない障害当事者が羽化を始めましたよ。バカバカしい。片岡聡のような当事者からのおねだりもアルので本当に、ぼろ儲け、していけるであろう。ハッタツ護送船団おねだりボロ儲け路線である。専門職が、今の十倍いても、発達障害者を十倍に増やせばいいだけだから、しかも、依存してくれるので、本当に、ボロい儲けを生み出すであろう。これで、精神医療を根底的に破壊できる、などと、寝ぼけたコトをいえたものだ 、大魔王教主笠陽一郎大センセイよ。逆だよ、逆、精神医療と心理と、福祉は、徹底的に、拡大していけるんだよ、この発達障害をツコウてね、ぼろ儲けしながらね。ナントイウバカげたことを、アンタは、ヤッテしもうたんだろうね。



❸カ条 キチガイ患者障害者無効化箇条
障害者、病者の発言、行動に対する無効化の武器がまた一つ増えるだけである

 またもや、またもやの、まことに結構な、発言や行動を無効化できる、素晴らしい、武器となるのであ。たとえば、我々精神病者は、アレがキチガイの戯言やと、アレが躁や、アレが妄想や、アレが鬱や、アレが偏執狂やと、アレが躁鬱の波や、アレが幻聴や、アレが幻覚やと、アレが人格障害や、アレが精神病質や、アレが鬱や、アレが被害妄 想や、と散々に言われて、我々の言うこと為すコト、すべからく、価値がない、と、無視され、無効化されてきたのである。アレが双極性障害Ⅱ型の薬剤性やくざや、ここにきて、今度は、さらに加えて、あれがハッタツ障害者のこだわりと云う特性やタラ、興味の持ち方の狭さやタラ、アレが人間関係の幼さやタラ、ハッタツ障害の成長の無さやタラ、タラタラタラタラと、精神医中心に散々言って無効化するのである。例えば、さぞや、このところのえばっちの文章に、対しても、言っていることであろう。そう、だから、この点を特に重宝しているのは、実は、内海聡や、幻術魔道士嶋田和子や大魔王教主笠陽一郎達と言った、ハッタツ障害や発達特性を、精神医療改革の最終結論だ、答えだと、言って良いよ うに宣伝して広めてきた当の本人たちが、いざ逆らうようになった病者たちに、患者たちに向かって、陰ひなたなく使っているのである。大魔王教主笠陽一郎のホームページや幻術魔道士嶋田和子のブログに内海聡のブログにも、隠そうにも隠せなく、端々に、にじみ出ているのである。ああ、もちろん、くじら会のママさん達の茶飲み話にも、為っていることでしょうね。許せないことだ。さぞや、さぞや、他の医者たちや心理士や治安監督官たちにも、良いお手本に為っているだろう。

 こうやって、我々のヨウな文句言いのキチガイの言う事や書いているコトや、叫んでいることを無効化するのである。叫ぼうとしている中味を考えようとすることなど、ないのである。精神病の症状とハッタツ特性と、の、 せいにすれば、よいのだから。精神医の診察室での、心理士の相談室での、患者への無効化兵器が、一挙に倍どころか、十倍ぐらいに増えるンデスヨ、いゃああーー精神医と云うのは、カウンセラーと云うのは、まことにケッコウなお気楽なお商売ですな。我が身らの診察室や相談室を『荒らし』そうな患者に対して、無効化の手段が一挙に倍にナッタのである。精神病で無効化できなかった発言や行動に対して、今度は、発達特性で無効化するのである。特に診察室で、医者やカウンセラーやPSWや学校の先生に逆らう患者に対する無効化兵器が倍増したのである。

 いや、念のいったことに、更に兇悪なことには、発達障害特性は、最初の入門口に才能があると云う方向も宣伝シマクッテいるので、ナント有効化 と無効化を、相手を選んで、医者の好きなように有効化と無効化を選択して使えるのである。コレは、恐ろしいことである。精神病では、コウはいかない。医者に逆らう非友好的患者には、精神医は発達特性故の無効化を叩きつけ、友好的患者には発達特性故の有効化して才能あると持ち上げさえ出来るのである。ソレをまた、逆転することも可能なのである。依存先の精神医と心理士と先生の思うがままに、である。コレを最も悪用してきたのが大魔王教主笠陽一郎と云う精神医なのである、と言ったら、本項❸箇条が、ハッキリすると想う。他の精神医の先生様方が、笠セカンドや大魔王教主笠陽一郎大先生様をお手本に出来る最大の点でしょうな、コレが。オソロシいことだ。で、結局は、観察法法廷や、治安 監督官たちにとっても、後見人たちにとっても、いやはやまことに、ケッコウな武器でしょうな。発達障害本や発達特性本の、使い道の読み方の、新たなる一ページ、と云うか、元々の一ページでしょうな。どちらにせよ、精神分裂病や躁鬱病の病状、症状で無効化できなければ、今度はハッタツ特性で無効化するのである。一人の人間を無効化するに、【病状症状】で、出来得なければ、【特性】でも出来る、と云うコトなのである。有り体に言って、患者を病状や症状のせいだからと、沈黙を強制しようとしても、無効化すらも出来得ないときには、『発達特性』で、無効化鎮静化できる、と云うことである。



❹カ条 社会復帰箇推進箇条
積極治療主義的傲慢さと社会復帰的冷酷さに満ちている。社 会復帰に
も、減薬断薬にも、ついていけない者は、必ず出てくる。オモタい者は、ついていけなくなる。しかも、ついていけないのを本人のせいにする

しかも、高機能発達障害の場合『高機能社会復帰』だと云う差別性も身にまといだしている

その結果、社会復帰したいような社会なのかどうかと云う、キチガイの根底的な社会批判を無にする

 ゲンジツには、キーサン病者のセーカツゲンジツ側から言わしてもらえば、
どんな音頭であっても、どんなによく見える音頭であっても、それについていけないものは必ず出てくるカラダ。漏れるニンゲンは必ず出てくる。落ちこぼれるニンゲンが出てくる、からである。社会復帰と言おうがSSTと言おうが、キーサンと言おうが、ハッタツ障害と言おうが、ケン ビョウ者と言おうが、必ず、弱い者、重い者、シンドい者、ツライ者、クルシイ者ナニも出来ない者、が残されるのである。ゲンジツと歴史が証明するところである。おもたい者が、取り残され、忘れられ、隅っこに追いやられるのである。そして、そのより重い者シンドい者を、より、強く苦悩の淵に追いやるのである。キーサン患者会の積み上げてきた文化とは、真逆の、障害者ハッタツ保障競争文化の行きつく先は、弱い者、重たい者の、切り捨て、見殺し、自殺推進圧力ですわ。社会復帰競争、社会参加競争、社会貢献競争、減薬競争、断薬競争、就労就学競争の敗者は、ドウなるのか、と、言っているのである。ソコには、そもそも、社会復帰したいような社会なのか、と云う我々キチガイキーサンの根源 的な、この世の中の在り様に対する問題提起を、限りなく、矮小化し、無くすることになっていく。リクツではない、まず最初の関門、発達障害をつこうた減薬競争のゲンジツをとくと、再考してみればよいなかなか、ゼロには、ナランのよ、しかもしかも、ゼロに為らなかったことを、本人のサボリや、努力の足りなさと云う、本人のセキニンに帰すと云う、社会復帰敗者の原因は、患者本人にある、と云う無慈悲限りの無い悪辣さなのである。それは、結局は社会要因、環境要因の限りない矮小化と無視に繋がっていくのである。まず、減薬、断薬、社会参加、そこに、ついてはいけないおもたい高年中年老年の生活保護の入院生活の長い長い精神病者は、ドウなるんでしょうかね。

 本当に、積極治療主義的 傲慢さと社会復帰的冷酷さに満ちているトシカ言えないシロモノである。クスリをゼロにして、限りなく健常者化することを、目標として、悪辣に煽りに煽っているのである。そこには、どうやっても、減薬がうまくいかなかったり、どうあがいても、社会復帰できそうにもない患者への蔑視と、ゲンジツに減薬を失敗し、何度も何度も、就労と就学に失敗してきた患者への、もっと努力せよと云う傲慢さと冷酷さに、満ち満ちているのである。だから、当然、それは、精神医療の根底的な破壊に繋がるハズもなく、閉鎖病棟や看護士の暴力、保護室、電気ショック、四肢拘束、医療観察法、生活保護などの、意識的な無視とあいまって、結局は、ニホンシミン社会から拍手を持って受け入れられると云う無様なこと に、なるのである。まさに、発達障害万歳無理無理減薬シヤニムニ断薬を通じて、再生の物語という美辞麗句を連ねて、社会復帰路線を徹底的に美化推進している。結果、今の今どきのこのニホン社会への根底的な批判の眼を徹底的に無に帰することに成功しているのである。

 クスリをゼロにして、限りなく健常者化することを、目標として、悪辣に煽りに煽っているのである。そこには、どうやっても、減薬がうまくいかなかったり、どうあがいても、社会復帰できそうにもない患者への蔑視と、ゲンジツに減薬を失敗し、何度も何度も、就労と就学に失敗してきた患者への、もっと努力せよと云う傲慢さと冷酷さに、満ち満ちているのである。再生の物語と称して、社会復帰を、社会適応を、就職を就学を、 復職を復学を、ひたすら健常者社会に適応することを、障害者エリート路線を、健病者路線を、再生の物語として、押し付けてくる。コレでは、マチガイなく、死人が、出るだろう。

 ごかいの「よもだに生きる」の対極の姿である。前進友の会の「働かない権利」の対極の姿である。営々と積み上げてきたキーサン患者会文化の根幹の一つ「反社会復帰」を、「再生の物語」と云う美辞麗句で、叩き潰そうとしている。ソウはなれなかった者に、再生の物語と言いつのるのなら、その『再生』にシクジッテしまった、社会復帰を果たせなかった多くの病者に、更なる追い打ちとしての絶望をもたらすであろう。優しげな美辞麗句に隠された冷酷なまでの、エリート健病者路線を見よ。ハッタツ推進論者たち、幻術 魔道士次回作はハツタツ本でぼろ儲けを狙う嶋田和子を見てみよ。笠は、何時から社会復帰推進者にナッタのか。選挙中のイマの政権や、世の中に、コレほどまでにも、迎合しなければならないのだろうか。

  まぁ、ハクシ者が、増えて増えて。それが、ハッタツと云うモンだ、チガイマスカネ。精神医になるヤツまでも出てきます。精神医療系、福祉系専門職が、研究職が、教育職が、芸術系創造系、当事者スタッフが涌いて、出てきよる、依存の挙句にです。「半端者センセイ五職」音頭の醜い踊りです。社会復帰の中でも、就労の中でも就学の中でも、いやに「高機能」ナンですよ。【高機能社会復帰】ナンですよ。「飯場」なんか眼もくれない『半端者センセイ五職』を目指すもんで、キツい、働くしか なかった、働かなければ飯も食えず、退院もさせてはもらえなかったキチガイの【底辺労働】には、眼もむけやしない。だからこそ、「反社会復帰」を生命の底から創り出して生き抜いてきた患者会文化を蔑むように言うんですよ。我々ハツタツは精神病とはチガウとね。しかも、ハッタツは自立の意味もチガウものにシテシマッタ。依存するからこその、底辺労働をバカにしながらの高機能社会復帰「半端者センセイ五職」音頭の醜い踊りですよ。笠陽一郎医師は、この醜い踊りに、理論的支柱を与えただけです。患者会を滅ぼしながらね。フザケルンジャナイと、想います。そしてそれは、専門職スタッフにとっても、余りに素晴らしすぎで、想像を絶する腐臭と腐敗が待っていることでショウ。



❺カ 条 自立阻害依存推進箇条
社会復帰競争の末に、高機能社会復帰の末に、依存競争に陥り、自立の芽を摘み取ってしまい、その結果として、キチガイの自主独立と自尊自衛を目指そうとした長年の取り組みと、障害者の病者の底の底の真実のセーカツに蓋をし、忘れさせ、見えにくくする装置と化す

 社会復帰競争の末に依存競争に陥る障害者、患者の社会に対する、根源的問いかけを矮小化しつつ『パスポートは特性理解』の路線で進めば、これは、理解者を、できたらサポーターを、できたらサポートチームを私のまわりにつくってくれれば、私の才能は花開くという踊りになるからである。セーカツするタメではなく、才能を花開くというタメのサポートチームがいるのだ、私の回りに作って専用のサポートチームを作って作って作って私だけのサポートチームを作ってと云うような競争になるからである。そして、うまくいった、少数だけがもて囃され、テレビに出演し、講演と公演と口演をして歩き、宣伝されるであろう。口を便所香水で一度洗ってから口演した方が良い。なぜなら、それは、シャカイフッキ路線の中でも最も悪辣極まりのない腐臭のする醜悪で激烈な、『依存するシャカイフッキ競争』『シャカイフッキのための依存競争』『社会貢献競争の勝者と為るための依存競争』とイッタヨウナモノになるであろう。

 特に高機能社会復帰を目指すためなら、徹底した依存が必要なので、専門のサポートチームを拵えてくれ、ソコに徹底して依存して、無責任のママすごして、「半端者センセイ五職」に為るのだそうですよ。

 依存を深めながら、社会復帰を目指す、だと、、、依存される専門職は、飯の食いはぐれが無い。医療系、福祉系、に加えて、教育系の専門職はアハウハアハウハなのであるその上に、母親達にも、依存は続くムカシ、社会復帰は即労働は即自立への道と、宣伝されたソンナことは、できやせなんだ。だというので、こんどは、これからは、母親に支配されて、専門職に依存を深めて、社会復帰という、ことになっていくのである、これが、発達障害概念の持つエグい側面である。より重い、シンドい障害者から、お年寄りから、所謂「社会福祉資源」「福祉」を引き剥がしてでも、依存させてくれ、に繋がっていくのである。自立ではなく、依存に基づく社会復帰路線とは、おそらく、とてつもない、

障害者間の、エラく為りりたい競争と健常者化競争を、惹起させそれは、トコトンまでの依存競争を招き、その依存度により社会復帰の程度が決ると云うコトに為ろう。コレまでは依存度が低く就労する方が社会復帰だと、考えられてきたのだが、ナントこの場合は、依存度が高ければ高いほど、才能が花開き、社会貢献も出来、したがって社会復帰度も高いと云う、実に実にナンダカ二重逆転化したような空恐ろしいことに為るであろう。実にコレまでの障害者運動が何十年も掛かって目指そうとしてきた『自立』と云うモノをドコまでも、陥れ、馬鹿にし、糞のように扱おう、と云う主旨なのである。ダカラ、医療系福祉系専門職達にとっては、まことに、有り難い喰いはぐれをないようにしてくれる、まことに、ケッコウな主旨なのである、この発達障害とは、、、、、ホントにね。

 そうかぁぁぁーーー自立独立自尊自衛自炊自レク自主自闘を目指すより依存を目指すのかぁぁぁぁーーシンドイことはやらなくてよい理論的支柱ができたわけや。依存したいハッタツ障害者のみなさんも依存させたい「依存サセ屋」の医療系福祉系教育系従業員もアハウハアハウハバンバンざい、と云うトコロでんな。その依存競争の果てにあるモノとは、そも、障害当事者にとってナンなのであろうか、ちょっとばかり、考えれば、直ぐに、わかることである。専門職スタッフにとってもね。想像を絶する腐臭と腐敗が待っていることであろうよ。それは、当事者の自立ではなく、母親と、医師をはじめとする医療福祉サポートチームへの、徹底的な、依存を勧めるからです。拷問されながらの依存に、ハッタツ当事者は進んでいくのです、自らね。「依存する社会復帰競争」というか「社会復帰のための依存競争」といったものになっていくでしょう。見方を替えれば「拷問されながらの依存競争」というか「依存させながらの拷問競争」とでも、いうか、ヤレヤレ依存してナニが良いのだ。

 それは、精神障害者だけではない、「青い芝の会」の、あの綱領の精神をまるきり反故にし、知的障害のみなさんが営々と築いてきた「歴年齢に見合った発達程度があると言う仮説への徹底した反駁」と「発達保障論への反撃」といった文化を反故にし、ありとあらゆる、昔ながらのおもたい障害者のドロドロぐちゃぐちゃの真の底の底の底の生命の底からくるセーカツや苦しさを見えにくくすることに、ヨーロッパ風の綺麗ごとの引用とともに、最大限発揮されるであろう。腐れた外道の所業である。そして、それは、他の障害者のモンダイを見えにくくし、目くらましを掛けてシマう、日が当たらないようになっていくだろう。特におもたい知的障害者、おもたい精神障害者が忘れられていくだろう。また、営々と気づきあげてきた、他の障害者の文化を無しにしていくだろう。

 そもそも、母親の愛は、障害者となった我が息子や娘を限りなく、健常者に近づけつつ、も、しかも、なおかつ、徹底的に自立を阻むからです。徹底的に健常者化を煽ります。ジリツしなくったっていいんですよ。シミンになってもらいたいのですよ。大したものになってもらいたいのですよ。ひとしなみになつてもらいたいのですよ。それが、親、と云うものなんですよ。そして、より、より、健常者化を果たせた母親が、より果たせなかった母親に君臨することになるのです。そして、サポートチーム要求のための、減薬を勧めるための、断薬のための、制度政策提言路線にはまり込みます。発達障害の娘や息子たちは、そこに、とても居心地の良い自己実現のゆりかごを見つけるでしょう。より、より、健常者化を果たせた娘や息子が、より果たせなかった息子や娘の上に君臨することによって。そして、母も娘も息子も、スタッフ化、専門職化の道を歩むことになるでしょう。口演会も、公演会も、ハッタツ音頭も、大流行りにナルデショう。もう一度、「古い古い作業所路線」が、ハツタツと云う、さも、新しい上塗り化粧を施して繰り返されるダケですよ。

❻カ条 保安処分無制限強化箇条
社会防衛的思考が顕著であり社会環境要因は無視である

『シミン社会にとっての問題源的遺伝子探し』の挙句、保安処分、治安処分の超早期的かつ無制限強化拡大に陥る

治安監督官たちはウハウハである

 保安処分が、徹底的に、拡大強化されることに、利用されるのです。ハッタツ障害専門観察法病棟が、出来るでしょうね。今まで、トウシツではブンレツでは、入れられなかったニンゲンを入れるのにリヨウされることでしょう。今まで、精神科に、縁がなかったニンゲンが、大量に縁付けサレルンですよ、ラベルが貼られんですよ。ムリヤリと、そして、ジブンから、、、、も、ね、、そう、それが、それが、それが、ハッタツ障害概念なのです。精神病をバカにしながらね、、、、、ハツタツ音頭で踊っているうちに、精神病では捕らまえられなかったような、奇人や変人をシャカイの治安を乱す者として、まこと広範囲に、しかも極早期に、番号をふれるということである。特に、このハッタツ音頭は、シャカイの治安を乱しそうなものを幼児のうちから、まさに「早期」のうちからピックアップできるだろうなおかつ、本人や、母親の方から、我も我もと、争って、番号を振って欲しくて医者や、心理や、教育の専門家に、押しかける、と云うしだいに為るのである。まさに、究極的な、まさにまさに、シミンの皆さん待望の早期介入的な横断的拡大主義的過剰診断的な保安処分が完成できるであろう。三歳児健診、五歳児健診、の制度政策提言を見てみたらよいのだ。心神喪失者医療観察法が、フル回転するのである。後見人も、フル回転しやすいのである。病院に施設に、放り込みやすいのである。決めるのは、依存先の、専門職たちナノデある。ナニを寝ぼけているのか、ソコに依存しようとしているのが、分からないかねーこのハッタツ音頭の踊り子さんタチはねーー

 さらに、しかも、この番号を振っていく過程で才能を花開かせるためのサポートチームと引き替えだと言われた場合、この踊り手サン達は、それを拒否できるのであろううか?手帳なんてものとは質のチガウものと引き換えですよ、早い者勝ちですよと言われた時、母親たちとハッタツ当事者たちとは糞蠅のように群れ集まりナニカを売り渡すことになろう。治安監督官様が、最も利用しやすい保安処分方法とは、発達障害を梃子に行われることと為るのである。

 しかも、すべては、本人の特性、病状、症状、障害、病気のせいなのであって、学校、会社、家庭、社会のモンダイを免責してしまっている。特性だけが、モンダイなのか。しかも、「生まれつきの障害であり特性」と云うコトならば、必ず必ず『遺伝子の問題』『問題の遺伝子探し』に為ってしまうぞ。オイオイ『生物学的精神医学』を再復活させて、パワァーをつけさせてやるとは、一体ナニを考えて居るのや。本人の遺伝子と特性と障害のセイなのか、、、、社会の在り方に対する視点は行方不明にさせておくのか・・・・

 だから、キチガイと名指しされ、家族から、親族から、町から、村から、会社から、工場から、学園から、アパートから追い出され迫害され続けてきた者の苦悩が、理解されようハズもない。それは、精神医療の根底的な破壊に繋がるハズもなく、閉鎖病棟や看護士の暴力、保護室、電気ショック、四肢拘束などの、医療観察法、措置入院などの意識的な無視とあいまって、結局は、保安処分強化、発達保障論強化、遺伝子探し強化につながるであろう。患者個人の特性や症状の脳や神経や遺伝子のせいにするな。学校や会社や工場や教育や社会的要因を無視するな。ハツタツ推進万歳音頭取りの諸君よ、少しは社会的視点を重視せいよアホンダラ。社会的要因無視して、全ては、本人の特性とか症状とかのモンダイか。そんなモン最後は、社会にとってのシミン様方にとってのモンダイ源遺伝子探しになってマウンやで。どういう視点でモノ書いてシモウタか、分かっているのかね。ハツタツ障害概念に偏りすぎて書いたからだよ。笠リロンの宣伝しようとしたからだよ・・・ダカラ、結局サイゴは、治安的、保安処分の強化拡大に直結するのである。現実に、このところ、よくわからないような、マスコミをにぎわす事件で、精神病を貼り付けられないようなことに、あっさり、ハッタツ障害を貼り付けているのを、えばっちは、いつも、こわごわ、みているのである。そして、そこに反抗する当事者の意見を封殺ではなく、完全無効化スルのである。本当に驚くべき程、上手いことできた障害概念であると、想うのである。これを思いつき、応用しているヤツは、天災的な天才であろう。ちなみに、それは、笠のホームページでも、おこなわれてはいなかった、、か、、そう、あの大泣きした議員に、あっさり、アレはハッタツ臭いと、貼り付けていなかったか、典型的な、保安処分活用とは、笠のホームページで行われていたのである。治安管理官様たちにとって、良い勉強とお手本になったと、想うのである

❼カ条 処方薬依存切捨打捨箇条
多勢の、たくさんの、患者を、ソレは、処方薬依存デショと、たかがアイデンティティクライシスとか云うもんデショと、斬って捨てた。凄いものである。惨い仕打ちである。

 入院している三十万人以上の病者を含め、大多数のクスリを飲むしかなかった、飲むより仕様がなかった、飲まざるを得なかった、そういう精神病者患者、を、ソレは処方薬依存にスギナイノダと、斬って捨てたのである。ご丁寧にも、特にベンゾ系を飲んでいる患者は、特に依存症患者だ、と特筆して、この手のクスリを飲み続けている患者は、常時、酒を飲んでいるようなものだ、と、斬って捨ててシマッタ。たくさんの、病者が、現に飲んでいるし、飲まざるを得ないクスリである。しかも、断薬が、もっとも、ツライとも、言っている、なら、減薬も断薬も出来ない患者も出てくるだろうが、モチロン、ソレは当然ながら処方薬依存だからだ、と、斬って捨ててシマッタたのである。なら、たとえば、多くのベンゾ系を飲んで生活している患者は、常時酒を飲みながら、作業所に通い、デェイケアに参加し、ミシンや、電動のこや、車の運転や、包丁を使って料理をしていることになるのだが、、、、欠格条項を増やしたいのか、この著者は、、、、トスラ想うのである。たかが、一行二行の書きぶりをあげつらっているわけではない。この考え方が、冷酷なまでのこの考えが、一冊目を含め、この著者の底流に流れ続けているから、モンダイにしているのである。そして、この底流に流れるものは、まさしく、内海の直系の弟子を意味しているのである。しかも、依存症だと言いながら、この著者の依存症への眼差しは、余りに差別的侮蔑的であって、しかも、従来の、本当に酷い浅薄極まりのない、『依存症理解』の典型なのである。『依存症』をよく、分かっていないのであろう。分かってもイナい事を得々と、書いてシマッテいる。精神病患者と言われ、精神病質者と、サイコパスと蔑まれ、処遇困難者だと閉じ込められ、ハツタツ障害だ、と、勝手に病名変更され、ついには、処方薬依存患者と、罵しり始めたのである。ノンラベルどころではない、我々を蔑み絶望の淵に追いやるために貼られるラベルが、また一つ、増えたのである。大きな罪である。

 しかも、すべてを、患者本人の頑張りに尽きると、努力に尽きると、斬って捨てている。通奏低音のように、響かせ続けている、この冷酷さは、特筆すべきものである。笠のように内海のように、言いきってシマッテいると、いって過言ではない。いや、余計に悪辣に、煽っている。それは、逆に言えば、患者本人のだらけかたに、患者本人の努力の足りなさに、患者本人の怠け癖に、患者本人のクルシサの原因として、ゲンヤクに取り組まないのはアンタの努力不足、デアルと、全てを、患者本人の頑張りと云うか、努力の足りなさ具合に、押し付けてしまった。モハヤ、減薬に取り組まない患者は、怠けものだからだ、と、言っているに等しい。だから、イマこのようになってイルのも、自分自身のせいだ、と、徹底的に、本人の努力の無さに、押し付けてシマッテいる。これでは、大多数の精神病者達はタマラない。少数のエリート病者バンザイ路線である。冷酷なものである。益々、患者はやりきれない。精神医と精神病院にイビラレ続けた挙句、このようにして、ココでもまた、イビラレるのである。死者が出るであろう。コレはもはや、殺人である。

 みんなの部屋のね、ナカマがね、こう言ってるよ。「クスリゼロになりそうなんですよ。それでクスリゼロになったあと、どうすればいいのかわからないんですよ。クスリを飲んで生活保護を取るか、本当にクスリゼロにして社会復帰を果たすか、どうしたらいいんでしょうね。でもね、本当に苦しいのは、自分は何者なのか、が、わからなくなっちゃったことなんですよ。僕は何者なんでしょうね。僕はなんだったんでしょうね。精神病じゃないんでしょ?誤診被害だったんですよね。でも、誤診だったダケでモンダイ解決ですかね。クスリゼロになっちゃったら、僕は何者になるんでしょうね。だとしたら、クスリ飲んでた20年間は僕にとってなんだったんでしょうね。僕は何者なんでしょうね。」精神医はなんだって、なんの権利があって、人間の生きるアイデンティティを、そんなに簡単に崩してしまうかね。確かにウンドー的には大量処方、誤診誤処方を糾弾していくにはよかったんだろうけど、なんなのかなー、アナタ、おっそろしく傲慢な、人の命をなんとも思っていない、トンデモない医者だと想ってしまうんだよね。おれ、こんな精神医に鉄砲玉として、散々利用されてきたと想うと本当に哀しい。そうしたらね、ナカマの一人がね、こう言ったよ。えばっち、それはね、笠医師を含めて、すべての精神医が、そうなんですよ。すべての精神医療が、それが目的なんですよ、と、言ったね。おそらくこれ正解だね。えばっちも、そう想うよ。観察法も、措置入院も、大量薬物投与も、精神分裂病も、四肢拘束も、電パチも、それから、閉鎖病棟も保護室も、看護士の暴力も、行動認知療法も、内観療法も、カウンセリングも、すべては、おそらくすべては、患者の自尊心を破壊し、アイデンティティを掘り崩し、命を獲る、そういう拷問を精神医療だと称してきた訳だ、とそう想うンダ。笠医師、アナタね、アナタも一緒だよ。アナタもね、ワザとに、患者の自尊心を破壊し、アイデンティティを掘り崩し、命を獲ってきたんだよ。それをセカンドと称してやってきたんだよ。そりゃ、ある一定の条件では、救われた若者もいるだろうよ。でも、一体どれだけの人間が、苦しめられ、殺されていったことか。こうなると、アナタの方が、より悪辣だね。ワザとにそうすることが、精神医療の解体につながると、ウンドー的に宣伝して、家族と専門職による、そこには議員もマスコミも入れた、家族会主導型の、トンデモ組織を作ったんだよ。おれは徹底的に闘うよ。自己批判しながら闘うよ。

 笠医師、アナタね、ウンドー的な意味で、だろうと想うけど、こう言ったね。それは単なるアイデンティティ・クライシスじゃろ。と。言い放ったよね。アナタね、いい加減にしてほしいよ。一人一人の患者、一人一人の病者、一人一人の相談者に精神医がワザとに何の権利があってアイデンティティを掘り崩すようなことをするかね。アナタね、とても危険だよ。しかもね、患者が死ぬよ。アナタ何の権利があって、患者のアイデンティティを破壊することができるなんて、思ってるんだろうね。しかもそれを、セカンドと称して、やり続けるんだね。

 笠医師の発達障害をつこうた、セカンドゲンヤクハッタツダンヤク療法が、まさにプシの医師達の傲慢さの典型なんですよ。傲慢で乱暴で、正義に満ち溢れているんですよ、、、そのとうりなんですよ。余りに余りに、積極治療主義的ナンデスヨ。乱暴ダカラ、被害者も、出るンデスヨ。ついていけない患者がいたら、本人の頑張りが、足りなかったことにスルンですよ。その点では内海医師と本質的には変わらないしウンドーとして展開してしまうと云うその点では、プシ共闘の医師達と、本質的には一緒なんですよ。

❽カ条 発達保障無理矢理人間的成長箇条
ハツタツ障害は、精神病患者や障害者の人生を、人間的成長タラ人格の完成タラとむすびつけてしまった。ツマリ発達保障論のあくどい部分を更に悪辣に再生産シテシマッタだけと為る

 ハッタツ障害度と笠リロン適合度と断薬療法の達成尺度とセカンド減薬療法の成功度合いや社会復帰の進捗度合いとを、患者本人の人格とを患者本人の品性とを患者本人の人間としての成長とをかさね絵として、影絵芝居として見せてしまうと云うことをヤッテシマッタのである。このことがナニを意味するのかおそらくは、この著者幻術魔道士嶋田和子は分かってはイナいのではないかと、そう想う。とうとう、患者本人の人間的成長だの人格の完成だの、人間性だの、品性だの、人生の振り返りだの、とを、ハッタツ断薬療法の達成尺度やセカンド減薬療法の成功度合や、社会復帰の進捗度合や、社会復帰右肩上昇角度とを、就中ハッタツ障害度合いとを、影絵芝居のように、重ね合わせてしまった。ヤッテはならない事をやってしまった。笠の責任も、大きい。これだと、クスリも抜けず、社会復帰も出来なかった、多くの多くの、病者が、人間的成長のないヤツラだと、いうことになってしまう。死んでいった患者たちを棺から引きずり出して、鞭を打っていると、言って過言ではない。彼らは、彼女たちは、人間的成長も無く、死んでいった、とでも、言うのか。答えてミロ。幻術魔道士嶋田和子よ。著者は、このコトの持つ意味を十分に理解して、書いたのだろうか。どちらにせよ、この著者は、この重ね絵を、全てのハッタツ断薬療法セカンド減薬療法に、影絵として落とし込んでシマッテいるので、少しでも、この療法に取り組もうとする、患者たちに、却って、真において、更なる、累々たる屍を生み出すだろう。幻術魔道士嶋田和子の罪は、極大に達している。しかも、己の罪に、マッタクの無自覚さをさらけ出している。ソウゾウを絶する極悪非道、狡猾極まりのない、最低のやり口である。精神病者にどれほどの苦痛と絶望をまき散らせば、気が済むのであろうか。精神病者患者に、どれほど絶望の淵に追い立てれば、気が済む、と云う、のであろうか。処方薬依存症からの再生の物語と云う美辞麗句を使いながら、鞭を振るって、多くの患者を死の淵に、追い立てていくであろう。絶望に追い立てるその鞭を、愛の鞭、だとでも、言う、のであろう、か。幻術魔道士嶋田和子の罪は、はかり知れない域に到達している。そして、その愛の鞭を、受けたが故に、成長できました、と云う、当事者が笠と、幻術魔道士嶋田和子と、内海の、ファンクラブに、なるのである。そのファンクラブの会報にしか過ぎない、そういう、シロモノなのである。これは、ライターなる者が、書いたものとしては、あまりに、無様である。

 当事者への利用主義であり、当事者への了解など無視である。己がライターとして成功することだけが、ライターとして有名になることだけが目的なのであって、あくまで、自分が有名になりたいだけのライターなのだ、しかも、悪辣な、自分がライターとして成功するためなら、なんでも利用し、利用価値がなくなったら、サッサと、捨てていく、そんな、今まで知り合ったライターと云う人種の中での最低最悪辣ライターなのです。今は、笠医師ですが、その前は内海医師だったわけです、今は、くじら会ですが、そして、ハッタツ障害当事者会を立ち上げようとしているんでしようが、自分のライターとしての活動に利用できないとなったら、、、、、そのうち、ワカッテキマスヨ、、、、そのうちね、、、あと、十年もしたら、わかってきますよ。

 笠医師も、周りが、チカヅイテクルれんぢゅうが、ソンナンばっかりになりつつあるのを自覚しなきゃ、、、ね。したがって、もっとも、利用されたのは、当事者であり、利用価値なしとされてサツさと捨てられたのも、また、当事者であり、もっとも、クルシイ当事者を侮蔑し続けて書いたのである。したがって当然、当事者の了解をとって書くなどとと云う、地道な作業は無視したのである。当事者とは当然、に、この場合、患者本人である。親のことではない。

 

❾カ条 ファシズム温床箇条 苦箇条
発達障害はファシズムの揺り籠と為る

まず、最初に、とある、なかなかにスゴいゲンバにずぅーっと居続けた方から頂いた手紙を、ご本人の了解のもと紹介をしたい。慧眼と想う。

『読みました。発達障害と言われている人たちとの関わりの中で、私が感じてきたことと重なりました。今、まさに不遇感、不全感、不満感、疎外感の固まりのような30~40代(50代前半もかな)世代が大量に生まれています。いじめや登校拒否で社会的不適合のレッテルを張られてもなお生き抜いてきた人、一方でなんとかドロップアウトもしないで、優秀な成績で大学を卒業したのに、就職でつまづき、職場からはじき飛ばされた人など、それぞれがストレスを抱えて苦しんでいます。空気を読めないと言われたり、みんなから浮くのがいやなので、自分の意見を主張できない、仲間がいない孤立感を感じています。犯罪までは行かなくてもすれすれのところで、何かに依存しながら、自分だけが世の中の不幸を一身に背負っているかのように嘆いている。私から観ればそれなりに生活できているのに、何を贅沢言っているのと言いたくなる。ひとりひとりはまじめで良い人間なのに、なぜか他人との関係がうまく作れない。何をやりたいのかがわからない。約束は守らないのに他人に迷惑をかけているとは思わず、自分は常に被害者だと感じている。こういう人たちが層として広がっていると思います。ファシズムが忍び寄る基盤というのはそういう社会に対する漠然とした不満を権力や富裕層への怒りに向けるのではなく、差別されている人々、少数派の人々に対する優越感をもたせ、排外的な攻撃を向けていく方向へと組織していくとことだとおもいます。』

 さて、そのうえで、の、苦箇条、ファシズム温床箇条である。

 精神医療と福祉の中で、ずーっと想い続け悩み続けてきたことがある。それをどう表現すればいいのかわからかった。それは、発達障害が、権力にとって本当に都合のよいものだということの、行き着いた先を言いたかったのだ。だけれども、なかなか言えなかった。だが、ついにこの一点を書くべき時が来た。発達障害者と、発達障害特性とは、権力にとってまことに都合のいいものだと言い続けてきた。それで、箇条書きにまとめ書いてきたけれども、真の意味で権力にとってまことに都合がいいとは、ツマリ、発達障害者と発達障害特性とが、ファシズムの温床を拡げるからであり、ファシズムのゆりかごとなるからである。ファシズムが煽り立てるプロパガンダの対象者に持って来いのモノであるからなのだ。そう、発達障害者の拡大は、銭儲けのためだけに在ったのではない、ということだ。ファシスト予備軍を育成するためでもあったのだ。しかし、この予備軍は、まかり間違えば、キョーさん化し反対ウンドー化するかもしれない。牙をむいて来るカモシレナい、しかし、もうその恐れはなくなったと、たかをくくれる状況になったのだ。発達障害概念を見直してみればよい。スグに了解である。コレほどファシズムの温床となり、しかも、反対側の反対ウンドー化には、その概念そのものが、その方向をなくさせ、しかも、単発単独ゲバや単独型テロの無効化と都合のよい説明化に使えるのである。こんな、まことにベンリな当局にとって権力にとって都合の良い障害者概念が、あろうか。

 発達障害そのものが持っている、いや、発達障害概念そのものが煽り立ててくる、不遇感、不全感、世の中から正当に扱われていないという不満感、それらはどんどん亢進されてくる。その一方で、能力が高いのだ、環境さえ整えば、あるいは、サポートチームさえあれば、アナタのクリエイティブな才能は開花だ、という『高機能発達障害の高機能社会復帰』的な「選民的高機能性」(右肩上がり人生が待っています)、もどんどん亢進されてくる。その一方で、客観的には、例えば比較の問題として、精神病者の不遇感、不全感、世の中から正当に扱われていないという不満感とは、比較するのもおこがましい、という現実がある。十年も二十年も精神病院に閉じ込められ、生保も年金も精神病では取れるとは思えなかった病者たちの生活の苦しさと、今流行の発達障害者の生きづらさとが、同じものだとは到底想えない。ところが、発達障害者の方が、不遇感、不全感の亢進度合いは、想像を絶するものがあって、それが、なんと、権力の側に対抗する『団結』というものに、ならないように、障害概念そのものがなっているので、障害特性がソウなっているので、権力にとっては、まさしく、ファシズムの優生思想のプロパガンダの対象者に、もってこいのモノなのである。

 不遇感、不全感、正当には扱われていないと云う不満感、それを例えば、非正規雇用と云うコトと「例えば」「置き換えて」考えてみたら、どうかと想う。そう、非正規雇用は、銭儲けだけのために、組織的政策的に増やされたわけではない。非正規雇用で、経済的にも社会保障的にも、不遇で、世間的にも正当な扱いを受けられていない、ソンな労働者が増えれば増えるほど、苦しければクルシイほど、ファシズムのゆりかごと為るのである。歴史を見直してみればよい。すぐに了解である。今回は、決定的に更にさらに進化を遂げている。ツマリ、発達障害概念の発明と、大流行である。そらおそろしいことに、コレは「置き換えて」「例えば」なのではなく、今の今時のニホンのゲンジツでは、非正規雇用の政策的増大と発達障害概念の発明と政策的大流行とが「両方併存的にあいまって」ファシズムの温床に直結しているのである。この恐ろしさに誰も気づかないとは、オドロキだ。

 発達障害で、精神医療を根底的に破壊できると言うてきたアンポン譚ども、木を見て森を見ずとはこのことや、発達障害は差別的社会復帰的エリート障害者的保安処分的人格障害再復活的で、ついには、ファシズムの温床にまでなってしまうのが、ワカランかったのか。木を見て森を見ずとは、コノコッタ!!!発達障害を拡めまくった連中、自分がファシズムの温床を拡げてきたということが、わかって居ないんだろうなぁぁーー

 ダカラ、だからこそ、発達障害は今の今時に大流行しているんダヨ、恐ろしいことだ。

結カ条 告白箇条 入院退院告白箇条
ボクだけ助かってシマッタ、後ろめたくてタマラナい、みんなを裏切ってボクだけ退院してシマッタ助かってしまったんだ、この後ろめたさから、誰かオレを救ってくれ、ドウ言えばいいのか、コレを、助かってシマッタ。この後ろめたさを、ドウ言えばいいのか、ドウ、この後ろめたさを、ドウ言えばいいのか

ハツタツの諸君よ、ジブンだけ発達障害をツコうて助かってシマツタことに後ろめたさは無いのであろうか

世間様に言い続けてきた

精神医に言い続けてきた

看護士に言いつづけてきた

見えやすいアクジ犯にも見えにくいアクジ犯にも掏り替えアクジ犯にも

オレは精神医療と精神福祉と精神医と看護士に対する怒りと復讐の鬼だと

必ず、復讐してやると、言い続け、叫びつつけてきた

キーサン革命の鬼だと、鬼の復讐心を見よと

叫びつつけるコトで生き抜き闘い抜いてきた

オレハオニダ

イカリトフクシュウノオニダ

キーサンカクメイノオニダ

俺だけ退院してしまった。

一年間いた、あの、信州の、あの、田んぼの中に突然出現する、

あの病院から、俺だけ助かってしまった。

こんなことを、言うつもりはなかった。

言わないで「キーサン革命の鬼」「怒りと復讐の鬼」だけで行きたかった。

そう生きたかったのだ。

何でこんなことを『告白』しなきゃならなくなったのか。

だけ退院できてしまった。

俺だけクスリが随分と減ってしまった。

十年後に訪ねた時、みんなあそこにそのまんまいた。

それから、また、十九年たって、これを書いている。

俺だけ退院してしまった。

この後ろめたさは、ナンと言えばいいんだろう。

ドウ表現したらいいのだろう

退院してきてシマッタ助かってシマッタ

後ろめたくてタマラナイ

みんなを置いて出てきてシマッタ

後ろめとうて、後ろめとうて、ドウ言えばいいのか

ドウ言えば分ってもらえるか

ムリなのか、だから、言うコトを避けてきたのか

ハツタツを宣伝しているヤツ等に

ハツタツを自称しているヤツ等に

オマイ等には後ろめたさは無いのんか、と叫ぶ為だけに

コンなコトを『告白』しなければならなくなってしまった

ナサケナいハナシだ

ブザマなハナシだ

オマイ等ハッタツのヤツ等は後ろめとうは無いのんか

無いノンカーーー無いノンやなぁぁぁぁぁぁああああああーーー

とさんが、言った

あの日は天気はよかったんだが、波が高くて大変だったんや

天気は良かったんだよ、天気は良かったんだが、

でも、波が高くてね、波が高くて大変だった

と繰り返し繰り返し、言った

とさんは、それしか言わない

それで、ぼくは、もしかして東郷元帥ですか、と、尋ねたんだ

彼は、ぼくを見て、ニンマリ笑って

こう言った、いつもより、幾分はっきりと、大きな声で、こう言った

あの日は波が高くて大変だったんだ!!!!!!

彼が外出するのも、散歩に出るのも、

大体、病棟から出るところも

見たことがなかった

そもそも、部屋から、出ていないようだった

ぼくの退院が決まった日、挨拶に行くと

あの日は波が高くて大変だったのだ、と、いつもより、小さい声で

ヒッソリと言った

退院した後、面会に行くと

彼は、ぼくに、ナンニも、言ってくれなかった

まるで、ぼくが、ソコには、存在していないかのように

タイインシテシマッタぼくは、彼を、裏切ったのだと、想いしった

退院してしまって、裏切ったのだと。

その後、退院したぼくは、入院していた病棟に、面会に行った

お見舞いと云うよりは、面会に行った

考えてみれば、あの時以来、入院していた病院に、

なかまを訪ねて、面会し続ける、と云う、ことになったのかもしれない。

東郷元帥に感謝すべきなのか

恨むべきなのか

その時から、ぼくは、10年以上経って「バクチク本」を持って行った。

東郷元帥は、もういなかった。

それから、また、18年も経ってしまって、コレを書いている

東郷元帥は、今は、ドコにいるのだろう。

ボクは彼を裏切って退院シテシマッタンダ

彼は、イマ、ドコに居るんだ

ボクハタスカッテしまった

退院シテシマッタンダ

たさんが

あるとき、弟をコロシテシマツタんだ、と、言った

唐突に言った

あまりに唐突に、突然言った

おれは、どう答えていいのか

分からず、どう反応し様もなく、凍り付いて、ドキマギしていた

電気ショックをやられ過ぎで

アタマのカタチが、変わってしまったんだ、と、言った

いつもアタマを抱えて、岩波文庫を読んでいた

ぼくも妹を半殺しにしてしまってここに来たんですよ

と言おうかな、と、想ったが、結局ナニモ言わず、

電気ショックでアタマのカタチ変わったんだ、というハナシを

ずっと聞いていた

電気ショックを何回も何回も

アタマのカタチが変わるほど、やられたんだよ、そう言って

たさんは、アタマを抱えながら、本を読むのだった

彼は、岩波文庫を丸ごと読破したのではないかと、そう想う

長い長い時を、精神病院の中で、アタマを抱えながら

岩波文庫を読むことで、過ごし続けたのだ

彼を裏切ってボクは退院してシマッタ

あの時

弟を殺してしまったたさんが

こう耳元でささやいてくれた

医者にはさかろうたらあかん

ぜったい、入院中は、医者にはさかろうたらあかん

一度も退院することもなく

電気ショックをやられ続けたアタマを抱えて

死んでいった

後に残されたのは

膨大な量の岩波文庫の本だったハズだ

ハズというのは、その時、ボクは、退院できていたから

シャバにもどれていたのです

みんなを置いて、ボクは、シャバに、京都に戻って来れましたから・・

ボクだけ、シャバに戻れていたのです

あの時

のハナシは、また後になる

あの時

たさんは、ぼくの耳元でささやいてくれた

医者にはさかろうたらあかん、と。

バクチク本をもって、再訪した時、病棟のほとんどのヒトたち、

そのマンマ、あの病棟にいた。

時間が止まったかのように、みんな、そのまま、ソコにいた。

もっとも、ナンニモ変わらずにと云うわけではなかったが、、

十年前は歩いていたヒトたちが、車いすに、なっていたのだが、、、、、

たさんに読んでもらおうと、持って行ったのだケレド、

彼ダケは、ソコには居ず、もう、ぼくを誰だかわからなくなっていて、

意識も、なく、

ありていに言ってしまえば、植物状態で、

病院から離れた老人施設のベッドに横たわっていたの、

だった。

看護婦に言わせれば、原因不明の感染症によって、そのような状態になり、

この施設に移された、と云うことだった。

枕元に、バクチク本を置いて、帰ってきた

京都に帰ってからも、ずっと、ハガキを送り続けていたのが、、、

良かったのか悪かったのか、ただ、そのせいか、

ほどなく、彼が死んだ、という知らせが届いだ。

知らせてくれただけ、マシか、と、想った。

友の会の夏レクの準備をしていた

それは、とても大事なことだったけれど

レクの段取りは、とても大事なことだったけれど

少し、とても、少し、後ろめたかったんだ

ドウ言えばいいのか

とてもとても、とても、少し、後ろめたかったんですよ

落ちる落ちる

落ちる、と、ぼくに言う

ぼくが、食事の後、プラスチックのお盆に食器を載せて

配膳窓口に返しに行くとき

お盆の上の牛乳瓶を指さして

彼は、デェイルームの同じ席に座ったママ

必ず、言うのだった

倒れる、倒れる

倒れる、と、ぼくに、言い続ける

いつも、将棋盤を前にしていた。

それが、将棋を本当にさしていたのを見たことがないのだが、

その彼が、いきなり、倒れて、意識不明になり、

ストレッチャーで、運び出されていった

大騒ぎになった

そのまま、彼は、戻っては来なかった

ナンニも知らされないまま

例によって、入院患者の中では

例のどこからともなく、コンなハナシが拡まった

ロボトミーの後遺症で、血液の成分が

無茶苦茶になった、というものだった。

不思議なことに、死んだと云うハナシはでなかった。

入院患者の中で、どこからともなく拡がるハナシは、

割と正確だった、と、そう想う。

だから、彼は、あの時、死にはしなかったのだと、想う。

ただ、二度と、ここに、戻っては来なかった

いつもいつも、お盆の上の牛乳瓶が、

倒れないか、シンパイしているヒトだった

そのころは、スイカ割りをされた患者が

本当にいたのです。

本当のことなんですよ。

誰も、おもてだっては、口にはシナカッタ。

でも、あの時だけは、語られたのです、患者たちの中でね。

彼の前の、あの将棋盤は、いつしか、かたずけられていて

誰も、そう、誰も、、彼の席には、座らなかった

食堂の、エル字型の壁ぎわの角の席だった

彼を裏切ってシマッタ

ボクだけまたもや助かってしまった

この後ろめたさから

誰か、オレを救ってくれ

オレだけ、助かってしまったんだ―――

看護婦に為りたかったんよ

学校にも受かって、行ってたのに、コンな病気にかかっちゃって

と言いながら

詰所に入り込んで、ナントカ、看護婦の手伝いをしたくて

詰所に入り込んで、追い出されていた

いまから想えば、クスリの副作用の

乳汁分泌に、悩んでいた

シャツの胸のトコロがいつも濡れていて

アレはクスリの副作用だったんだよ、

今なら、教えられるんだが・・・・ナントカナルカモシレナイよ

もう遅いなぁー

うまくいけば

詰所で、脱脂綿を、ハサミで、切らして貰えてた、ね

その娘さんにしてみれば苦しかったと想う

急にいなくなっちゃって、ドウシタンダイ、、、、

急にいなくなっちゃって、、、、、

れ君が言った

お茶いるだら、いるだら、そう言って

いつもいつも、小さなアルミニウムのやかんにお茶を入れて

みんなに配って歩いていた

信州の冬は本当に寒い

リノリウムの床を裸足はツライ

ここでは

タバコとカツプラーメンと

そして、なんと、スリッパが

貨幣なのだった

彼にはずいぶんと

スリッパを

騙し取られたモンだ

今どうしているだろう

少し知的障害があって

よく保護室に入れられていた

精神病院がいいのか、ここの前のコロニーがいいのかナンテ

よく、看護士や看護婦が、言っていた

彼は、どうなったンだろう

ひとり、シンナー中毒の若者が入ってきた

ヒトなつこく、誰にでも好かれていた

依存症なのだが、彼だけは、アタマの側に、入れられていて、

アル中のオッサン達からも、そう、扱われていた

高校生ダッタと想う

キモチのやさしい青年だった

一人っ子で

親は、土建屋で、地元のそこそこの企業を経営しているようで

お金も持っていた

こんなとこにいたらあかん、とみんなから言われていた

退院したが、またすぐに戻ってきて

また、やっちゃって、と、風呂場で、言っていた

ぜんぜん元気そうだったのだが、

肝臓がやられていて、すぐにまた、内科の方に転院していった

泣きながら死んでいったと、聞かされた

看護婦がそう詰所で、言っていた



アル中の青年が一人入ってきて、それが、

アタマのぼくらのところでもなく、

アル中部屋のオッサンたちのところでもなく、

どの部屋にいたかというと

例のコーナーのところの作り付けの長椅子の後ろ側に

小さな部屋があって、そこは診察室という名目で精神医が

インタビューという名前の入院患者さんの診察の場所だった。

本来の使われ方では、アンマリ使われてはいなかった。

で、実際は点滴部屋に使われていた。

そこが急遽、その青年の病室になった。

空きベッドがなかったのか、

それともアル中部屋にも、アタマのぼくたちの部屋にも、

入れない配慮があったのか。

ともかく、あの小さな部屋は、おもしろい使われ方をしてたと想う。

一時、緊急保護室にもなったし、患者側の立て籠もり場所にも、なっていた。

その青年は内観療法が良かったと、アッと云う間に退院していった

我々、アタマのみんなは、ナンノコッチャ、、、、、だったが、

うらやましかった



電気ショックもアッタんです。

飯は、ヒドかった。

弟を殺した人もいたんです。

保護室で、放火した人も、いた。

二人とも、死にました。

コロサレタにチカいかな・・・・

忘れられません。



あるとき、今日、電気ショックがやられたようだ、そう、ハナシが伝わった

いつものように、あのコーナーに、

あの擦り切れたグリーンの長椅子に座って

よもやま話をしていた、あの面々が、

一瞬にして、こわばって、真っ青になっていくのが、わかった。

そしてそれが、あっちの方の廊下にも、こっちの方の廊下にも

そして、デェイルームと云うか、食堂と云うか、テレビのあるとこへも

まるで、まるで、さざ波のように、伝わっていった

それは、恐ろしいものだった

看護婦や看護士たちも、ナンダカ、キンチョウしているように想え

そして、いつもより、とても優しく、感じられた

いつもより、もの言いが、優しいのが、本当に、怖いんデスヨ

本当のことなんですよ。

その日は、ナンダカ、一日、静か、ダッタ

ここは、今は、どうか知らないが

あの時は、ここら辺は、本当にナンダか

チガウ雰囲気の一角だった

田んぼとリンゴ畑の真ん中を田舎道が走っていて

その道の着きあたりがとてもガッシリした土手で

その土手の向こうに天竜川が滔々と流れていた

ソコに向かって右手に、

ここら辺ではの単科の精神病院があり

広大な敷地だった、たしか、看護婦宿舎もあった。

左手は、例の全コロのコロニーで、

ここもまた、広大な敷地に、

畑と、知的障害者のみなさんの宿舎が

職員宿舎が何棟も、並んでいた。

国鉄の駅と、病院とをつなぐバスが、午前二本午後二本あるきりで

車でもなければ、移動も困難だった



アルプスの山々が、とても美しかったハズなのだが、

一年近くいて

景色の美しかったことが、どうにも、想いだせない。

大体、世の中が、大虐殺の大ボス千代田城の主の下血騒ぎと

死亡で、タイヘンだったと、後で、聞いたが

おれは、まったく、おぼえがない



テレビの話題は

今の友の会のみんなの部屋とまったく一緒だった

野球と相撲だった

時代劇もよく見られていた

ぼくのいた病棟では

将棋や囲碁は、あんまり、やられていないようだった



病棟のなかで、千代田城主のそのような話題がアッタと、

まったく記憶していない

記憶から抜け落ちているのか

それとも、本当に、あの中での、会話の中に、ソンナことが無かったのか

本当のトコロ、わからない。

ただ、憶えている、病棟での会話に、千代田城の城主の事など、

一度も登場したことは、ないと、想う、のだ。

世間様は、大騒ぎダツタそうだが。

そう、でも、ただ、イさんが、

実はねワタシがね、ヒロノミヤさんのお嫁さんに内定しているのよ、と、

言っていたのを、想いだす。

ずっと、四肢拘束されてるおばあちゃんがいて、

ずっと、保護室に入れられている青年がいて、

誰がどう見ても、誰がどう考えても、

アレはむごいモノだった。

B1病棟の保護室は、別棟に二室あって、それはそれは、重装備なものだった。

図でもかければいいのだか、壁の一面が、丸っぽ完全鉄格子なものだから、

丸見え、と云うか、動物園というか、窓に鉄格子じゃなくて、

壁が一つなくなっていて、鉄格子になっていて、

それは、なんとも、ビックリすると想う。

ずっと入れられている青年が、頻繁にドアを叩くので

とても、タイヘンだった。

昼もなく夜もなく、叩いてた、叫んでいた。

あの保護室は、詰所から遠すぎるよ

病棟の図でも描ければいいんだが、、、

想いだせるかな、、、、





作業療法棟と云うのが、あって、そこに、作業療法士が二人もいるんだが、

作業療法なんて、ひとッつもやってなくて、いつも、ガランとしてた。

設備だけは、じつに立派で、ソコダケ、公民館っていうカンジで、

陶芸の電気釜や、調理施設やスポーツ施設や、

茶室として使えるようにまで、なっていた。

だから、そこの和室が、一人に為れるとても、静かな場所だった。

おれは、そこで、作業療法の名目で、絵を描いたり、

ナニか工作をしていることになっているハズだったのだが、

実際は、ソンナことなど、ほとんどナンニもなくて、一人の時間が楽しめた、

ありがいことだった。



ある時、その作業療法棟から、帰ってくると、

病棟の食堂の床に、ナンダカ血らしきものが、、、

みんなも、若干青ざめている、様子がナンダカおかしい、

どうしたんですか、ナニカあったんですか、と聞くと、

なんでもずっと保護室に入れられていた、あの青年が、

看護士に突然、襲い掛かっていって、

その青年も、看護士も、血まみれになって、凄かったんだよ、

と云うハナシだった

こわかっよおぅ、と言って

どうも、その青年の方がワルイんだ、と云うようなことを

言っていた

その青年は、そのまま、ここからはいなくなり、

保護室からのドンドンは、止んだのだった

彼は、ドコヘ行ったのだろう

しばらくは、やられた方の看護士も、休んでいた



そうだ、あの時

あの時のことを、書いておこう

あの時

それまでに、もちろん、いろいろと、こうなる状況は

あったのでは、あるのだが、それにしても、、、、、

、、、、、、いきなり、、、、、、

いきなり、本当にいきなり、走ってきて

医者が後ろから、飛び掛かってきて

リノリウムのあの固い冷たい床に、

殴り倒されて

上から馬乗りにされて、首を絞められた

それでも足りずに、今度は引きおこされて、

何発も、顔面に貰った

もう一度、倒れた時は、ほとんど、気を失いかけてた

周りに呆然と、立ちすくんでいた

患者さん達や、看護婦や、作業療法士達が

まったく、身じろぎもせずに、凍り付いたかのように凝視していた

まるで、時間が止まっているかのような

スローモーションのような

不思議な感覚だった

その時

たさんがスッと近づいてきて

耳元でささやいてくれた

医者にはさかろうたらあかん

入院中は絶対に医者にはさかろうたらあかん

あの時、それは、とても、勇気ある行動だったと想う

それからナニカが解けたように、そこにいた全員が一度に動き出して

その精神医は、何人かに囲まれるようにして出て行った、と想う

いや、一人で、白衣をひるがえしながら、立ち去って行ったのか、、、、

ボクの方は、ようやく看護か誰かに助けおこされた、

よく憶えていない

ともかくも、病棟に戻ると、

さすがの病棟婦長が、おれを一瞥して、青くなっていた

後で鏡を見ると、顔と首の回りが、ナントモハヤ、凄いことになっていて

誰が見ても、ナニカあったと、わかるわけだった

普通なら、内科かなんかで、レントゲンを撮ったり、

一応なんか、検査か、した方が良いのだろうが

ともかく、院長が来て、人差し指を眼で追うように言った

モノが二重に見えてないか、確か、ソンナことを聞かれたと、想う。

院長は、すぐに病棟から出て行って

詰所で、ナンカ貼ってもらったような気がするが、よく憶えていない

何日かたって

地元の地方紙が、早速にカンづいて

入院中のボクに取材を依頼してきたから、騒動になった

誰かが、外に、漏らしたんだ

後で考えると、院内の医師達の派閥争いに利用されたようだった

医局長派と副院長派の対立にね

ボクはモチロン、取材を断った

入院しているんだからね

断ったにもかかわらず、新聞記事になってしまい

院内で、医者が、入院患者を暴行、

と云うような、実にベタな見出しの小さな記事だったと想う

ドコカに、記事のコピーが取ってあるはずなのだが・・・

それ以来、まるで、ボクは、病棟の、

いや病院全体のアンタッチャブルになってしまった



だって、退院はできないんだから、

こんな事件があったって、

入院し続ける以外にはなかったんだ。

実家にも、京都にも、帰れなかったんだから・・・

とにもかくにも

それ以来、おかしな雰囲気の中、入院生活は続く

それ以来、入院生活が、良くなったのか悪くなったのか

少なくとも、厄介なアル中部屋のおっさん達や、

看護士たちが

ボクを避けるようになったから、身は安全とは、想った



保護室に入るなかまを、保護室の前まで、見送っていった。

看護士に取り囲まれて

見送っていきました

看護の日勤帯が、終わる時間になると

いつもいつも、保護室に向かうなかまの

傍らを

二階のB2病棟まで、送っていった

日勤が終わるときの、恒例のパレードだった

ナンデ、あんなに、大勢の看護士が看護婦が、取り囲んでいたのか

二人で、脱走するとでも、想ったのか

そのたびごとに、こう言っていた

またあした、会いましょう、ってね

そうやね、おやすみ、ってね。

こう言って

保護室の前で

分かれたものだった

目の前で保護室の扉が閉められた

春には退院できて、うまくやっているものだとばかり

想っていたが、

秋になる頃には、もう、死んでいた



深夜に火災報知機のベルが鳴り響く

またか

やかましいな

またや

部屋からゾロゾロ出てきて

ふつう火災報知機が鳴ったら、

火事かもしれんと、逃げる準備のハズだが

ココでは、ソンナことはない

みんな、ゾロゾロ部屋から出てきて

デェイルームの、あの安っぽい食堂のテーブルとイスが

並んだところの定位置に、座りだすか

造り付けのグリーンの擦り切れた長椅子のある

あのコーナーに、座って、鳴りやむのを待っていた

やかましいな

寒いねーーー

今度は、誰が、やったのかな

今日も送っていった彼じゃないか

とおれに問いかける

そうしてやっとこさ鳴りやむころに

何処からともなく

あの彼が保護室で火をつけて布団焼いたらしいで

と云うハナシが、伝わってくる

みんなおれのほうをみている

アンタがライターわたしたんだら

ぼくじゃないですよ

じゃあどうやって手に入れたんずら

なかなか、あの若いの、やるな

看護士からケッコウやられるぞ、こりゃあ

眠気さめた

追加眠剤貰いに行こうかな

そのうち、詰所から看護士が出てくる

みなさん、もうそろそろ部屋に戻って寝てください

火災報知機の説明は無い

看護士さん、追加の眠剤貰えますか

ああ、いいですよ、取りに来てください

ほかのヒトも、入りますか

おれもおれも、と、ゾロゾロ何人か

詰所に向かって行く

おれは部屋に帰ろうとするが

なさんだけ、そこに残っている

なさんは部屋帰らないんですか

と聞くと

おれは、ここで、いいんだ

と言って、その造りつけのソファーに横になった

おれは、ここで、寝るんだ、と言う

その人は、部屋のベットでは寝ないという

寝れないという

このソファーで寝るんだという

背広というかジャケットというか

上着をキチンと着たままで、いつも、そこで寝ていた

そういえば、部屋のベッドで、寝ていたこと、無かった

看護士も、それを許していた

特別なことだった

なぜなのかワカラナイママになったのだが

おそらくは部屋のベッドで寝ていてナニカあったのだろうと想う

看護士すら、ベットで寝なくても良い、という事になるほどの

ナニカが・・・

    

上の階B2病棟には

日蓮大聖人が三人もいた

よく、ケンカにならないものだと、想ってはいたが

やはり、いろいろと、あるようだった。

ぼく自身は、日蓮大聖人様たちとは、

なじめなかった

ちょっと、コワカッタ、なもので、離れていた。

今想えば、イロイロと、スゴいハナシが聞けたかもしれないと、想う。



外勤のヒトたちがうらやましかった

キホン的にはアル中の患者さんたちなのだが、苛められた

各病棟にアル中部屋が必ず一室あり

そこの住人が、病棟を支配していた

喧嘩と云えば、実は、その部屋が一番多いのだった

みんな、その部屋には、できるだけ、近づかないようにしていた

おれたちは、アル中のヤツラと言い

アチラはおれたちのことをアタマのヤツラと、言っていた。

混合がいいとは想うが

アル中は、別の病棟にしてほしい、といのうが、本音である

我々には、ほとんど、面会はなかったのだが

アル中の患者さんたちには、けっこう、面会者があって、

親や奥さんや恋人が、来ていたと、想う。それも、うらやましかった。

外勤作業に行くもんだから、金も持っていた。

製材所と云うことだったが、ひどい低賃金だったハズだが、

それでも、おれたちからみれば、高所得者だった。

看護士の態度が、アル中の患者さんたちと

おれたちとでは、まったく違っていた。医者の態度も。



入浴は、週、二回だったか、三回だったか、

男性が先の時と、女性が先の時とが、交互に来るので

マチガッチャって

ところが、それで、ごちゃごちゃになるのに、みんな平然としてた

どういうことかというと、ツマリ、入れ替えの中間帯は、

時々、男女混浴になってた。

誰も驚かず、騒ぎもせず、おれだけが、腰を抜かしてた

恥ずかしかったなぁーあれは

不思議なことに、看護婦も看護士も、ナンニもしないのだった

それが、よかったかもしれん、

入浴中に看護士や看護婦が入ってきたら

みんな、サッと緊張してたもんな

風呂の中で、みんな緊張するのが、本当に良くワカツタ

曜日で、固定してた時もあるようなハナシをきいたが、

その時でも、コンナだったらしく、

とにもかくにも、それが、フツーのことだった

今は、どうかな、、、、、



風呂場に、風呂の洗い場にウンコが落ちていて

実は、度々あるのだが、

そのたびごとに、服を着て、詰所まで報告するのが

役目ダッタ

服の着替えが一番早かった、ノデ。

つまり、おれが、一番若かった、ということだ。

その時確か29歳。28歳で入院して29歳で退院したんだから。

ともかく、若くて、とにかく、身体が動けば

ヨレヨレのおじいちゃんたちの、介護役になるのだった

それが、自然のなりゆきだった

そして、ウンコがあっても、入浴は、続くのだった

看護婦も、ウンコだけ拾って、ソノママだった

後で聞いた話では

風呂の中に、まさに湯船の中に浮いていたことも、何度か

アッタ、と云うことらしかった

きっと、そうであっても、何事もなく、入浴は、続いたのでないか



脱衣場と物干場が、同じなので、

ツマリふろの脱衣場が、洗濯物を干すところにもなっているんだけれど、

入浴日には、洗濯物を取り込んでおかないと

無くなる、ってこと、ナンだ

だって、風呂入って、上がってきたところに、洗濯物が干してあるんだから

おじいちゃん達、それ、着ていっちゃうよ。

洗濯物干しておくと、無くナッチャウってとこは、

ホント、ソコントコは、自衛隊と、一緒なカンジだったンダ。

他にも、良く似たところがあって、

この雰囲気、両方に行ってないと、分からないと想う。

だから、ムショと精神病院、両方に行ってたヒトがいて、

そのヒトの言う事が、、、、、、、どちらもヒドイ、って。

でも、どちらかといえば、精神病院の方がヒドイ、って。

ボクも言おう

軍隊も精神病院も、できるなら、入らない方がいい、、、、

イイトコじゃないに、決まってる

軍隊も精神病院も、入らない方が、いい、ですよ。



ボクの入院体験なんて実際はたいしたことはないんです。

期間も、一年くらいだったんだし、

全開放だったんだし、ね

全開放といっても、まわりになんにもないんで、

どこにも行きようがない、

だから、道を一つ隔てた巨大コロニーの方も

ぼくたちの精神病院も、どういうわけか、

門のところから誰も出ない

どう言うかな、「自主閉鎖」と言うか、「お手盛り開放」とでも言うか、

とにかく朝8時頃から、4時半頃までは、開いているんだけど、

夕方からは、閉まっちゃうし

なにか病院か看護の都合で、いきなり勝手に閉鎖になっちゃうこともあったな。



そこで、ボクは何度か門を出て、

田んぼのど真ん中の道を延々と歩いて国道まで行ったことがあるけど、

なんというか、それだけのことで、

また病院まで帰ってきた。総行程10キロはあったんじゃないかと想う。

なにしろ、遠かった、遠い、道のりだった。

今から25年以上前の話だから、変わってはいると想うけど

本当に何にもない、信州の田んぼの中を、てくてくと歩いて行ったんだ

カンカン照り、でさ、信州というのに、ギラギラした太陽だったなぁ



それに、そう、県立病院だったから、看護の数も多かったんだ。

それでもコウなんだから。

今は、どうも精神科救急の拠点になって、

ホームページでみると、あの時の建物は、一つもないようだ

外見は、とても、キレイな様子になっている

エラく豪華な、精神科救急に特化したような、病院の姿が、

パソコンの画面にあった。

観察法病棟もあるみたいで、しかも、児童精神科もあるようだった。

あの時、入院していた患者さんたちは、ドコへ行ったんだろう

と、そう想う



楽しいことも、アッタンだ

愉しいことも、なけりゃあ、あの中で暮らしてはいけないよ

そう、暮らして、、、、暮らして、いたんだから

たしか、あれは、お花見だ

どこかの城跡に、お花見に行った

アンナにたくさん、病棟に入院しているのに

いざ、外に、お花見に出かけるというレクに

参加する患者は、少なくて、ごく少人数で行った。

寒くて、寒くて、あんなに、寒いお花見は、後にも先にも、あのレクだけだった

あれより寒い、お花見は、ないと想う、未だに。

寒くて、曇天で、しかも、

桜は、あんまり、咲いていなかった

みんな、一ちょらの服を着て出かけた

ネクタイしめて背広を着ていた、んだから。

出かけるときは、本当に、ちゃんと、背広を着ていたんだ

年に何度か、一度か二度の、レクのために、背広とネクタイが、あるのだった。

だから、出発前は、前の晩から、タイヘンだった

どっかの阿保が、ギイン前にした口演のために、背広着るのとは、

意味が違う。

あれは、本当に、あのおじいちゃんたちの、

サイゴの矜持ダッタのかもしれない。

それにしても、なんで、あんなに寒かったのか

その時、看護士か、誰かが、撮ってくれた写真が、手元に残っている

あのレクに参加した面々だから、少しは、ゲンキだったはずだけれど、

二十五年以上も経った今、誰が、生きているのだろうか

あの血みどろになった、ずっと保護室に入れられていた青年も

看護士も二人とも、写っているのが、不思議な気がする

その写真、コレ読んでる人も、見てみるかい、

でも、写っている人たちの了解とれないしなーー

いい写真だよ



大晦日、元旦を、信州のトアル精神病院で、

過ごした、あの年の瀬は、忘れられません。

寒かった。とても、寒かった。

大晦日、おそばが出たのかどうかは、もう、忘れてしまった

ただ、元旦に、お餅が、お雑煮が出たのですが、

それが、

ナントも形容のしようのないモノで

形容のしようがない、スゴイものでした。

とてもじゃないが、食べられなかったのです。

でも、普通食のお雑煮を、お盆の上に、のっけている、

ぼくの方を

そうではない、おじいちゃんやおばあちゃん達が

じぃぃぃっと、見ているのです。本当にじぃぃぃぃぃぃーーっとね。

ぼくは、もちろん、食べたんデスヨ、もちろんね。
院した時、

たった一年近くのコトだったのだが

それでも、その時には

昭和ではなく、平成になってたし、

ともかく、景色が、違って見えた



いつの間にか

ヒトがいなくなる

あの恐怖は、分からないと、想う



俺は一人だけ助かってシマい

元の京都に戻って来れてシマッタ

そして今、ココで、なかまと共に生きている





本人の了解のないままに、書いてしまった。

取りようにも、もはや、とりようもない、なかまたちである。

二十八年も前の、信州のトアル精神病院での出来事であった。

あの時の、あの病棟のなかまたちは、ドコに行ったのだろう。

ドコに、、、ドコに行けば、もう一度、逢えるのだろう、、、

ドコに行けば、、、、、もう一度、逢って話せるのだろう。

前進友の会の書記部にまずは、読んで貰い、了解してもらった。

全員が、入院ケイケンがアル。

患者会で、なかま、とともにいることから、出来得ることである。

この原稿には、入院していた病棟の図面を付録としてつけている。

これはホームページ企画部とえばっちで再構成したものである。

作成過程で記憶が、さらに鮮明になってきたことも事実である。

が、不確かなところもたくさんある、なんといっても、25年以上前のことである。

ナカマと共に図面も原稿も書き上げたと言っても過言ではない。

想い出すのは、とても、ツラカッタ。

入院していたころのことは、もう書きたくないと、想った。
 
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