４月からアジア各国との自由貿易協定（ＦＴＡ）交渉が本格化する。豚肉など農産品問題に終始したメキシコとは違い、労働市場の開放問題が中心テーマになる見通しだ。フィリピンやタイが日本製品に市場を開く見返りに、看護師や介護士などの受け入れを求めているからだ。バブル期など人手不足の時期から結論が先送りされている外国人雇用問題が、ＦＴＡ交渉をきっかけに再浮上しそうだ。

◇「優秀なら」　望む病院

　「試験は合格です」。千葉県の看護学校を今春卒業したベトナム人のグエン・ティ・ズエンさん（２３）のもとに２６日、うれしい知らせが入った。日本の看護師資格が取れて、この春から日本の病院で働くことができる。

　ベトナム人を対象に日本の看護師資格の取得を支援する民間団体「ＡＨＰネットワーク協同組合」（東京）の招きで３年前に来日した。苦労したのは看護の勉強だけではない。「日本語を学ぶのがとにかく大変でした」

　外国人でも、日本の看護学校を出て日本の国家資格を取れば、４年間に限って看護師として働ける。しかし、言葉の壁が厚く、まだまだ少数だ。

　兵庫県加古川市の仙齢会はりま病院では昨年春まで、フィリピン人看護師のネリダ・フローレスさんが働いていた。４年間の在留資格が切れて帰国したが、患者からの信頼は厚かった。フローレスさんは日本語学校に３年、看護学校に３年通い、卒業時の成績はトップだった。荒尾素次理事長は「優秀な看護師なら外国人でも受け入れられる」と言う。

　将来、外国人看護師が増える事態をにらむ動きもある。

　医療分野の人材サービス会社メディカルアソシア（東京都）は、英語学校のネバダ・カリフォルニア大学国際教育機構Ｊａｐａｎと協力して、４月から英語が使え、米国の看護師資格を持つ看護師を養成する。増えてきた外国人患者への対応が当面の目的だが、同社幹部は「外国人の医師や看護師が日本で働けるようになれば、かれらが接着剤になる」と話す。

◇資格・言葉など「壁」も

　フィリピンにとって、看護師は重要な輸出資源だ。９８年の時点では、看護師１７万８千人のうち、８５％にあたる１５万１千人が海外で働いている。フィリピン国内の看護師不足が問題になるほどだ。送り出し先の上位国・地域はサウジアラビア、英国、アイルランド、リビア、シンガポール、米国、台湾など。

　受け入れ国のなかに、フィリピンの看護師資格さえあれば就労を認める、という国・地域はなく、一定の制限を設けている。ただ、サウジアラビアなど国によっては、語学力や看護の能力などを個別に評価したうえで、柔軟に受け入れているところもある。

　日本で働くには、あくまで日本の資格が必要だ。フィリピン看護師の受け入れ国・地域の多くは英語圏だが、日本の場合は言葉の壁も厚い。フィリピンは条件の緩和を求めているが、厚生労働省はいまのところ、医療の低下などを理由に慎重な姿勢を崩していない。日本看護協会の岡谷恵子専務理事も「日本語がきちんとできないと、患者や医師との意思疎通が難しい。外国人看護師が増えれば、看護師全体の給与水準が下がる恐れがある」と、条件緩和には難色を示す。

◇農業や地場産業を下支え

　「低賃金でもまじめに働く中国人女性の技能実習生がいなければ、地元の縫製工場はとっくに海外移転だ。外国人が産業の空洞化防止に役立っているんだ」

　２月１３日の自民党ＦＴＡ特命委員会。繊維産業の盛んな滋賀県選出の岩永峯一衆院議員は訴えた。

　日本は出入国管理法で「単純労働」を受け入れない建前だが、研修や技能実習の名目で外国人が働く例が増えている。景気が過熱し、人手不足が深刻になったバブル期以降に生まれた「抜け道」といえる制度だ。

　全国農業協同組合中央会は今年に入り、ＦＴＡに関する基本方針をまとめるため、各地の農協に聞き取り調査をした。相次いだのは、農業現場を支える技能実習生の期間延長を求める声だった。

　デフレ経済の中で安い労働力を確保しようとする産業や、農業など後継者難に苦しむ産業が、外国人労働者に支えられ始めている。

　一方で、コスト増や地域社会での摩擦などの問題も現実のものになっている。９０年の出入国管理法改正で、出稼ぎ目的の日系人が入国しやすくなり、予想を上回る定住化が進んだ。

　外国人比率が３．７１％で、日系ブラジル人が多く住む自治体のひとつである静岡県浜松市。市の職員が、夜間の騒音やゴミ出しのトラブル解決に乗り出し、小中学校には日系人の子ども向けの日本語教室を設置した。それでも学校に通わない子どもがいる。

　「外国人市民との共生」を掲げる北脇保之市長だが、日本が一気に労働市場の開放を進めることには賛成できない。「現状では社会に受け入れ環境ができていない。摩擦は避けられない」

〈キーワード：外国人雇用の現状〉　　日本で働く外国人（永住外国人を除く）の総数は、０２年末の推計では８０万人に迫る。外資系企業の駐在員など企業内転勤や教授、ダンサーなどの専門的・技術的分野は１７万９千人。３年間を上限とする研修・技能実習制度で８万人が働く。単純労働も自由にできる日系人は２３万人いる。

　留学生・就学生によるアルバイトの実態は不明だが、国は０２年に８万件の資格外活動許可を出した。このほか在留期間が過ぎた不法就労も２２万人程度いるとされる。

〈キーワード：ＦＴＡ交渉〉　二国間で関税などの貿易障壁をなくしていくことが狙いで、日本はシンガポールと協定を結び、メキシコとは基本合意した。日本政府は今後、アジア各国とのＦＴＡを年内にまとめたい考えだ。４月には７日からタイ、１４日からフィリピンとの２回目の次官級交渉が東京で開催される予定だ。

　フィリピンはこれまでに、看護師、介護士、ベビーシッターの受け入れを要求。「すぐれた人材を供給できる」（アロヨ大統領）としている。タイもマッサージ師が自国の資格をもとに日本で働けるようにすることを求めている