オープンスペース街・日誌


2004年6月A
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 ヨッシーとジュゴンの家    6月参加スケジュール!
6月12日(土)   ヨッシーとジュゴンの家ライブ!!
   
オープンスペース「街」   18:00〜
6月13日(日)   STOP WAR! つぶせ!有事法 6.13集会

芝公園23号地    14:00〜15:30

名護新基地建設絶対反対!   ボーリング調査絶対阻止!
 
座り込み支援カンパ!!
         
よろしくおねがいします!


5月12日(土) 「街」日誌
ようこさんが沖縄物産を届けてくれました! じーまみ豆腐の差入れ。
ようこさんありがとう!!
いちおしは、ちんすこうショコラ! 福寿来の説明をするヨッシー 今日の昼ご飯はハンバーグ定食
お肉の差入れもいただきました! 今日は「ヨッシーとジュゴンの家」ライブ! 今夜のライブに向け、床掃除をするタカちゃん。
4:00から沖縄アピール開始! 桜井さんからカンパをいただきました!
そこに越川さん達が登場!


早速、アピールタイム→
カンパもいただきました!
6:30ライブ開始!




「東京の空の下から」を歌うヨッシー



       越川さん思わず涙・・・→

「壊せ!」「命の海」「夢」など16曲、1時間にわたるライブ!!
「こんばんわー!」偶然通りかかったドリーン家族。


常連のお客さんも歌を聞いてお店に入ってきました!

それぞれパーカッションを持って
「街」ならではの参加型ライブ!!
カンパ要請ソングの後は、カンパ隊が会場を回る。
ライブのシメは
タカちゃんによる気合いいれ・・

「みなさん元気かなー?」


「1・2・3・ダー!!」
アンコールは、
「破り捨てろ!住民基本台帳!」
ライブが終わり、
かんぱーい!!



えびのからさんに1曲歌ってもらいました!「ターニング・ポイント」


越川さんも自分でつくった歌をうたう。
「only the people can stop the war!」


そして、ライブ&宴会は遅くまで続いたのでした・・。




6月11日(金) 「街」日誌

リンタロウとたわむれるルナ 洋平くんの母校の後輩が見学にきました! 「この象の置物はいくらぐらいで売れるでしょう?」
「臭い服がきたらどうするんですか??」など質問が相次ぐ。 ミニライブをしました! みんなのりのり!
最後はお互いに、「ありがとうございました!」  また来てね〜!
昼ごはんは冷し中華
今日の夕ご飯

牛スジ大根の煮物


佐竹さんに教わった梅キュウ→
琉球センター「どぅたっち」の4周年記念パーティーに行ってきました! 「愛国心」「命の海」を歌う。

辺野古10時50分現在。
防衛施設局キャンプシュワブ内施設の窓が開きました。
昨日の状況があり、かなり緊張が高まっています。こられる方は辺野古へいらっ
しゃって下さい。
防衛施設局は作業ヤード建設のためにあらゆる判断をしてくるはずです。機動隊
の導入もあるということを頭において辺野古に緊張感を持っていただけたらと思
います。
緊張感が高まっている=危ないではなく、だからこそ阻止できる状況が来ている
のだと感じていただけたらと思います。
6月11日(金)阻止行動54日目

平良夏芽報告>
6月11日(金)午後1時頃から辺野古があわただしくなってきました。名護署の車
両が6台も入り、いつもの仲村警備課長が「そちらが勝手に撤去したのだから、法的
な手段がとられるかもしれない。そうなれば動かざるを得ない」といやらしく語りか
けてくるのです。
弁護士と連絡を取りつつ、多くの仲間に緊急招集がかかりました。みんなが集まりつ
つある中、2時前に2台の車に乗った防衛施設局がやってきました。激しく衝突する
といけないので、今日も座って話し合うことにしました。こちらが座るように促す
と、和泉課長は「いや、今日は立ったままで」と言ったのですが、こちらが座るとい
やいや歩道上に座り込みましたが、後ろにいる若い人達は立ったままでした。
開口一番、和泉課長は「昨日、みなさんは防衛施設局の許可なく、勝手に作業ヤード
の柵を撤去しました。台風も過ぎ去りましたので、速やかに元に戻すよう要求しま
す」と、硬い表情で言ってきました。計画や思惑はともかくとして事実だけ確認しま
しょうということで、台風の風が強くなる中、色々あったがそのままでは飛んでしま
うかもしれない柵をそのままにして帰ったという事実は認めるか?という問いに彼ら
は、その事実を認めました。さらに、そのままでは風で柵が飛び、人的、物的被害が
生じかねないので、人道的緊急措置として、こちらが片付けたということを理解でき
ないか?これは違法行為か?と問いますと、そちらが人道的緊急措置として片付けた
ことは認めます。でも台風が過ぎ去ったのですから元に戻してくださいということに
なりました。
穏やかな具志堅さんが「そもそも順序がおかしい。あなたたちがやらなければならな
いことを私達がやってあげたのだから、『ありがとう』というのが最初だろう。話は
それからです」と説得すると、「あなた達がやったことはみとめます。お礼を言えと
いうなら言います。ありがとうございました」と和泉課長は認めました。その上で、
元に戻せと言うので「和泉さん、あなたが留守のときに台風がきて、あなたの家の戸
がバタバタいってたのをロープでとめてあげたら、台風が過ぎ去った後に、元に戻せ
と言うのですか?」と問うと、沈黙・・・。しばらくして他の施設局員が「いや、私
達は片付けにきたのにあなた達がじゃまをしたのだから、もとに戻せというのは当
然」・・・。とにかく話が平行線なので、「とにもかくにも、台風が近づく中、あな
たたちは人的・物的被害が予想される状況をそのままにして帰ったのですから、もう
ヤードについて発言する権利を認めません」と宣言して、話し合いを打ち切りまし
た。
かなりの緊張がありましたが、今日は無事に終わりました。と思ったら、米軍が浜で
大演習を始めました。上陸演習です。水陸両用車が10数台走り回っています。<平
良報告ここまで

米軍演習について富田晋報告>
防衛施設局がキャンプ・シュワブ内の施設に帰ったのもつかのま次は米軍が午後2時
から辺野古の海で演習を始めました。
沖合いには米海兵隊ドック型揚陸艦「ハーバァーズフェリー」が現れ、次々と水陸両
用戦車を降ろしていきます。その数15台。辺野古の浜辺に上陸しようとしていまし
た。座り込み参加者が浜辺に出て「GO HOME」と抗議の意思表示。
米兵は1台につき4人、5人乗っているだけでフル装備ではない。水陸両用戦車は装
甲板をつけ重重しい。ただ、その装甲板に外傷はなく、戦闘を行った形跡は見当たり
ませんでした。
はっきりしたことはわかりませんが、アジア地域の国々との合同演習を行って帰って
きたと思われます。
辺野古の浜に上陸する時に水陸両用戦車の1台が故障し、1台に牽引され上陸してき
ました。上陸する際に牽引ロープが切れ一時が万事に・・・座り込み参加者は抗議の
意味で喜びました。
2時30分には15台全てが上陸し、キャンプシュワブ内の戦車道へと入り消えてい
きました。
防衛施設局に警察その次は米軍。辺野古は楽じゃない。

イラクに出て行く米兵を、自衛隊を。フィリピン、世界中に出て行く米兵を、自衛隊
を止めなければいけない。


嘉手納基地から200人/イラク派兵
アフガニスタンも100人弱

 イラクの治安維持のため米空軍嘉手納基地の第一八航空団から二百人以上が派兵されていることが十日、分かった。同基地報道部によると、「さまざまな職種の兵員が中央軍司令部の指揮の下、イラクの至る所に配備されている」という。今回航空機は派遣されない。

 通信や兵たんなど多くの部隊から分隊、小隊単位で派兵されているとみられる。一部残留している兵員に加え、六月から九十日の任期となる兵員の合わせて、二百人以上が派兵されている。

 嘉手納基地の兵員は米本国部隊などと、航空遠征軍を組織し、定期的に中東地域に派遣されている。イラク戦争開戦(二〇〇三年三月)を挟み○二年十二月から○三年四月にも、イラク上空の飛行禁止区域監視のためF15戦闘機約十機と兵員最大八百人が派遣された

 また同報道部は、アフガニスタンへも百人足らずの兵員が派兵されていることを明らかにした。




6月10日(木) 「街」日誌

今日の昼ご飯はざるソバ!






石川さんからブルーマウンテンをもらいました!


みんなでおそろいのブラウスを着て遊ぶ→→
服部さんがファックス機を修理してくれました。 部品が足りないみたい・・ くろちゃんからもらったチョコレート
12弦ギターを譲ってもらったヨッシー。
早速弾いてみる。
ビートルズだぁー!! ギターに合わせてとんとととん!
ちんすこうショコラ




とらやの羊羹をいただきました!→

琉球朝日放送で放送した辺野古座り込みの映像が見られます!!
          http://www.qab.co.jp/01nw/04-06-09/index7.html ←クリッククリック


現場より。
午前10時40分現在。
今日は座り込み現場を台風対策で片付けました。命を守る会も台風対策で大忙し
です。
防衛施設局も台風対策で作業場の撤去にきます。時間は午前12時過ぎ、その状
況はづいじ報告いたします。
現場より。午前11時。
防衛施設局がきました。現在、防衛施設局側から「作業ヤードの台風対策と台風
後の再建」について話があり、具志堅徹さんと平良夏芽さんが対応し、「私達は
作業ヤードの撤去を望んでいる。再建は許さない。」という内容で答えました。
それについて漁港入り口において討論になり、膠着状態が続いています。
作業ヤード前には座り込み参加者約20名が集まり、抗議の意思を示しています
。
辺野古・阻止行動日誌 53日目
6月10日(木)
・防衛施設局が台風対策に来ました。

防衛施設局が台風対策ということで辺野古漁港へときました。今日、対応に出ていた平良夏芽さんの文章です。 

平良報告>防衛施設局は、和泉課長を先頭に業者も含めて20名ほどでやってきまし
た。私たちが台風対策のためにテント等を撤収し終えて1時間ほど経ってからのこと
です。座り込みに来ていた仲間たちは、命を守る会の小屋の前で待機していたので、
私が車で一人で見張りをしていたので無線で仲間を呼びました。以下、私と具志堅さ
んでの対応です。
施設局「台風対策のためにきました」
平良「お疲れさまです。風が強くなる前に片付けてください」
施設局「はい。台風が過ぎ去ったら、この前みたいに現状回復させてください」
※原状回復だったら良いですが、「現状回復」はできないですよね!
平良「それは、約束できません」
※顔が急にこわばって
施設局「それでは、台風で柵が飛んだら責任をとってくれるのですか」
具志堅「それはできません。だから撤去してください」
施設局「再設置の約束が取れないと、撤去はできません。再設置できないのであれ
ば、補強させてください。」
平良「それはできません」
※そんなやり取りがしばらく続いたのですが、施設局の中の若い人が「補強するぞ
!」と後ろに声をかけて、こちらにすごんだので無線で全員をヤード前に待機しても
らいました。場が緊張したのですが、
和泉課長(再び穏やかに)「平良さん、お願いします」
平良「施設局はこちらの要求は一切聞かないで、お願いだけして本当にきかれると
思っているのですか?人殺しにつながるヤードを撤去して、再設置を許すということ
は、人殺しを認めてしまうことになるのです。」
和泉課長「いや、平良さんはすぐに人殺しにつながるって言うけど、これはこの後に
行われる工事の前の調査で、直接、基地を建設するというものではないのです」
平良「何を言っているのですか?基地を作るためのボーリング調査だということは、
和泉課長も分かっているじゃないですか。今、静岡にイラクの少年が来ているのを
知っているでしょ。あのような少年たちとたくさん出会ってきたんです。再びイラク
に行ったときに、どう言い訳できると思うのですか。人殺しのためのヤードの再設置
を認めたという言い訳ができないじゃないですか。どんな理屈をいってもだめです。
人殺しにつながることには、一切協力できないんです。だめです」
※そこまで言うと、和泉課長は上と相談しますと車の中に戻っていった。
※再び戻ってきたときには、態度も口調も変わって
和泉課長「私たちが台風対策をしようとしているのをあなたたちが阻止しているので
すから、今後に起きる問題についてはあなたたちに責任があります・・・・」
平良「何を言っているのですか、台風対策をして下さい。なんだったら手伝います
よ」
和泉課長「再設置もさせない、補強もさせないということであれば、あなたたちで管
理してください。」
具志堅「何を無責任なことを言っているのですか。あなたたちの物なのだから責任を
もって対策し撤去しなさい。責任放棄は許さない」
※めずらしく具志堅さんが怒鳴る。
平良「えっ、私たちで管理していいのですか?分かりました。」
※私は、ヤードの前の仲間たちに柵の片付けを支持。防衛施設局が責任を放棄し、後
の責任を私達に押し付けて帰っていったのだから、柵を片付けるしかない。台風対策
・緊急避難としての判断・対応であった。
※施設局は、あわてて写真を撮りに来ようとしたが「あなたたちは責任を放棄したの
だから、もう帰りなさい」と帰っていただきました。暴風が強くなる中、仲間たちが
柵を撤去し、風で飛ばないように固定しました。
※とにかく、柵は撤去されました。そして、ヤードに関する管理責任と管理権を施設
局が放棄したことを確認したいと思います。彼らの安全意識などこんなもんです。

以上。

共同通信
襲撃で中国人10人殺害 アフガニスタン北部
 【北京10日共同】新華社電によると、アフガニスタン北部クンドゥズ近くにある中国企業の建築現場が10日、武装集団の襲撃を受け、中国人作業員10人が殺害され、6人が重軽傷を負った。

信濃毎日新聞
ウラン試験は早くとも8月 再処理操業時期に影響も
(06月09日21:13)
 青森県の蝦名武副知事は9日、日本原燃が使用済み核燃料再処理工場(同県六ケ所村)で実施するウラン試験の前提となる安全協定の素案提示時期が、7月中旬にずれ込む見通しを示した。日本原燃が6月としてきた試験開始は不可能になり、早くとも8月以降となる公算が大きくなった。
 2006年7月を予定している再処理工場の本格操業開始の時期にも影響しそうだ。
 蝦名副知事は「21日の総合資源エネルギー調査会の検討会を見極めたい。また(7月11日投票の)参院選期間中は県議会に(素案を)議論してもらえないだろう」と述べた。
 県は、ウラン試験の安全協定について、東北電力と東通原発1号機について結んだ安全協定と同様の時間と手順を要すると示唆。素案提示から締結までに数カ月程度かかる見通しだ。



6月9日(水) 「街」日誌

包丁を研ぐ新亀さん 腕を骨折してお休みしていたボランティアの森田さんが来ました。今は病院でもボランティアをしているそうです! 賑わう店内
沖縄アピール開始!
今日はじゅんちゃんもアコーディオンで参加。
ヨッシーとの楽しい掛け合いでみんな大喜び!
今日の夕ご飯。
沖縄のカマボコとウィンナーの卵とじ
厚揚げなどなど盛りだくさん!

辺野古より。現在の状況。午後5時。
防衛施設局は来ませんでした。雨に濡れたくなかったのか・・・? 今日の午後6時30分より琉球朝日放送(QAB)で辺野古特集が放送されます。注目してください。
辺野古・阻止行動日誌 52日目
6月9日(水)
・防衛施設局は来ませんでした。

県議選も終え、労働組合の人々が辺野古へと帰ってきました。
連日の座り込み参加者人数は100名を越しています。
沖縄は梅雨に入りこの間は雨ばかりが降っています。台風4号も近づいてきているので、昨日の夜はテントを急いで片付ける状況で大変です。
沖縄の台風はプレハブをも吹っ飛ばすので恐い・・・・台風4号は最大風速35メートル・・・・うーん。

座り込みには豊見城村の96歳のおじぃがきていました。「50日目と聞いて、いてもたってもいられなくなった」とのこと。
「今まで遠くで見ていることしか出来なかったが、今日は思い切ってきてみた」という人や「一度来たら次も気安くなった」という人もいる。
「コザ暴動で出会った人と再開した」という人もいました。
「歴史は作るもの」という人がいた。「歴史が動くときはとてもストレスが溜まるもの」とえつみさんは言っていた。ここに集う人達こそ一人一人が歴史的な人物となっていくのを感じます。「歴史は作るもの」歴史は人が歴史を引き受けるからこそ作っていけるものなのだろうと思います。

名護に休みに帰った時に名護に住む多くの人々から「がんばろう」と声をかけられた。本屋のおっちゃんやそばやのおばぁ、花屋のおねえさん。今、名護の人々は立ち上がろうとしているのです。
今、たとえばこの日誌を多くの人々に毎日知らせることや基地反対の思いを街頭で訴える、友達に辺野古のことを話す、新聞に投書する、署名を集める、カンパを募る、激励の文書を守る会に送る、それだけで全ての戦争に向かう流れを変えることが出来る。イラクに爆弾を落とす状況をとめることが出来る。沖縄から基地をなくすことができる。しかし、何もしなければ何も起こらない。
まず、座り込みが行われ、50日間以上も基地建設をとめ続けていることで「戦争への道を、基地建設に向かう道を変えられる状況が来ている」と確信を持つことが大事だと感じます。そこから何かが変わっていく。
沖縄の人々が、日本中、世界中の人々が立ち上がれば基地建設は阻止できる!



6月8日(火) 「街」日誌

今日の昼ごはんはカレーライス!




杉並のお客さんのじゅんちゃんがアコーディオンを持ってきてくれました!



早速、中馬さんが弾いてみる。 サオリも 持ち主のじゅんちゃん
「♪バラがさいた〜♪」を弾く
聞きほれる2人 やがて大合唱に! !アコーディオンっておもしろーい!
ヨッシーワールドを奏でるヨッシー トミタさんも挑戦! 不協和音が・・。 3時45分、アピールタイム開始!
「基地はいーらない!」
じゅんちゃんも歌う!



フィリピンの方も
「基地はいらないよ〜!」と相槌を打つ。
その歌を聞いた沖縄の方がビラを受け取ってくれました!話を聞くと、石川真央さんの知り合いの方だそうです!



ウコン茶もお買い上げ!
今日の夕飯は厚揚げステーキ いただきまーす! デザートはリンゴリンゴ

6月19日『かけがえの前進』を上映!!
上 映 時 間:
13:00〜 ※各回、作品上映の後、トークあり
「精神病者 想いとセーカツ」
出演:江端一起さん
(「かけがえの前進」主人公)ほか
15:00〜
17:00〜
場所:
洛陽教会(地階ホール)
寺町丸太町上る
料金:
一般1000円(ドフィル会員800円)
主催:
『かけがえの前進』を見る会・京都
(前進友の会、たまりば・らくよう、CINEMA塾、
ドキュメンタリー・フィルム・ライブラリー)
問い合わせ:
075-591-7926 (昼間/前進友の会・やすらぎの里)
075-344-2371(夜間/又川)
関連HP:
http://zenshi-tomonokai.hp.infoseek.co.jp/
http://dofil87.hp.infoseek.co.jp/

『かけがえの前進』が海外上映されました
4月14〜18日の間フランクフルトで開かれた「Nippon Connection」にて、『かけがえの前進』上映されました。上映会の様子を報告します。
(写真をクリックすると、“上映会報告”のページへジャンプします)

シネマ塾のホームページから転載

辺野古・阻止行動日誌
6月8日(火)
・防衛施設局は来ませんでした。

防衛施設局が来なかったため、米軍の演習もなかったためとても静かな一日となりました。
金武町のおばぁたちはどうしているだろうか。生命の奪い合いをとめるため、生きるため闘うしかない人々の思いは私の心をしめあげるようです。
ここに来ている人達は1人1人が1人ではなくその後ろに多くの人達の思いがある。その人達のためにつぶれるわけにはいかない!そういう思いでいる。
多くの人達に沖縄の思いをつなげて欲しい。こんなことはもうやめよう。人として生きる人々の生命を奪うのは間違っている。
イラクの抵抗する多くの人々に答えたい。沖縄の金武町の辺野古のおばぁたちに答えたい。「もう闘いは終わった」と。
手を貸してください。まだまだ足りないのです。92歳のおばぁが言っていた「本質的にまだ勝っていない!」と。
人々はくわを手にしたときから生活を生きるために反戦運動をしている。変わることを恐れずに辺野古に来て欲しい。生きるために。勝つために。

座り込みは午後5時に終え今日も無事に終えました。
しかし、この間の防衛施設局の動きは不可解です。中城湾のボーリングの資材を動かさせてはいけない。政府に対する監視を強め、とめるために行動をしましょう!




6月7日(月) 「街」日誌

磨きのプロ。今日は鏡を磨きます。 お昼は中華風ビーフンとエビマヨ。
「めんそーれ」旗をうららちゃんが送ってくれました!アリガトウ!!




前のマンションの階段掃除をするタカちゃん→
沖縄アピールタイム! タカちゃんは「街」ニュースを配りました 12日はヨッシーとジュゴンの家ライブだよ!
今日の夕ご飯はスタミナ満点肉炒め



エゴマでお肉をまいてたべます



         いただきまーす!

 

現在の辺野古。6月7日、午後3時40分
防衛施設局が車2台と8名で来ています。
平良夏芽さん、大西さんが対応をしています。今のところ突っ込んでくる様子で
はありませんが、県議選が開けた初日です。警戒が必要です。
現地より、6月7日、午後4時15分。 辺野古では葬式が行われているということも知らずに防衛施設局が来たので、「 何を 考えている。常識というものがないのか!帰りなさい!」と金城祐治さんが激怒。 かえっていきました。

辺野古・阻止行動日誌
6月6日(日)
・防衛施設局は来ませんでした。

今日私はこの間で初めての休みを取り名護市街地に出かけていました。
午前中は防衛施設局の動きはなく、とりあえず一安心というところでした。
名護に出かけていき、そばやに入れば「あんたー!がんばっているねー!ごくろうさんだねー!!」と声をかけられる。本屋に行くと見知らぬおじさんに声をかけられる「この間、テレビに出ていたろ。がんばれよー。」と。
名護の人々の辺野古に向けられる目が変わりつつある。
この声は私個人に対するものではなく、たった50人余りの人達が日本とアメリカの行動を止めていることに対する敬意であり信頼です。
「声なき声の人の声を聞け」それをたくさん聞いた日でした。
輝く星の隙間にある多くの光らない星こそ未来を作る大きな天かける龍になるのだと私は思います。その人達と手を取り合い助け合って闘いを挑んでいます。
私達が必ず勝てる理由はそこにあると感じました。

6月7日(月)
・防衛施設局は午後3時40分にきました。

午前中は命を守る会代表の金城祐治さんと金武町伊芸区の人達の行動に参加しました。
今、伊芸区は・・・
状況としてとても厳しいものがあります。そして阻止しにくい状況があります。
第一にゲートの数が多い。第二に海兵隊基地ハンセン内の工事はレンジ4だけではないため業者の特定が困難。第三に"県が反対している"ということが言われているが見たところ伊芸区の人々、特に女性が多く、厳しい中で闘っている。第4に基地内であり中で阻止することが困難であること。第五に基地の敷地内であるためテントなどは建てられずにいることなどなど、、、状況はとても厳しい。
それでも朝、7時〜8時の間第一、第二ゲートで伊芸区の人々は阻止行動を展開している。

私達はまず第一ゲートにいったのですが、人がいなかったため第二ゲートに向かいました。
第二ゲートには伊芸区民の女性たちを中心とした阻止線が張られていました。
「辺野古からきました」とあいさつをするとプラカードと「断固阻止」ハチマキを快く貸して下さいました。
「私達は素人なものだから、色々と教えてくださいねぇ」と金武町のおばちゃんから言われる。夏芽さんと2人で「いつから僕達は玄人になったのだろうね。それって余りいいことじゃないよなー」なんて談笑していました。
すると「来たぞー」という声がかかる。見るとブルーのバンで車体にはその会社名のシールが張ってある。真っ先に夏芽さんが飛び出して止める。私は後に続いた。それにまた伊芸区の人達が続く。「私達の声を聞いてー!!」「私達はあんなものが出来たらくらしていけないんですー!!」「私達に協力してください!!!」区長も拡声器を持って訴える。
業者は「上と話してくるのでユーターンさせてほしい」と、「他のゲートから入っていくんじゃないのか」とのこちらの問いには答えずに帰っていった。
私達も8時まで行動に参加し、「辺野古が危険な時間になるので」と帰っていきました。
こんなやりとりが毎日続いている。何度もいいますが、辺野古と伊芸区の闘いは共にあります。私達は共にたたかわなければならない存在として認め合い始めているのです。それが感じられる時間でもありました。

辺野古では・・・
午後3時40分に防衛施設局が車2台、人数が8人できました。
平良夏芽さん、金城祐治さん、大西さん、具志堅徹さんが対応をしました。
今日、辺野古では「91歳」のおばぁが亡くなり静かに葬式が行われていた。防衛施設局がやっていることは常識からかけ離れている。
「今日が何をやっている日かわかっているのか!!常識がないにもほどがあるぞ!!今すぐ帰りなさい!!」金城祐治さんが怒りをぶつけた。30分ほどして防衛施設局は引き上げていきました。
防衛施設局は「地元への配慮」などと言うことは何一つ持っていない。ただあるのは「基地建設を進める」ということだけだ。とてもとても怒りを感じます。

今日は座り込み開始から50日目です。座り込み参加者の延べ人数は3655人になりました。沖縄は午後6時30分よりOTV生放送で「座り込み50日目」として紹介され流されました。

  


「有事関連法を廃案へ!6・4緊急大集会」への連帯のメッセージ。

生命と平和を守るためにともに闘う仲間の皆様の行動に敬意を表し、辺野古「命を守る会」より連帯のメッセージを送らせていただきます。 

私達は平均年齢80代のお年寄りを中心とする「命を守る会」という市民団体です。母なる地球に生きる、人間のみならず、全ての生命を守るために日米政府による米軍の海上基地建設に反対して8年間阻止し続けています。

辺野古では4月19日より日本政府が基地建設の実質着工であるボーリング調査(地質調査)を強行しようとしています。

現在、私達はボーリング調査の資材搬入を阻止するために道路に座り込みをしています。座り込みを始めた4月19日から現在までで座り込み参加者は延べ3000人を突破し、一ヶ月以上に渡る座り込みを継続し、ボーリング調査を阻止し続けています。

 有事法案の成立は、沖縄の米軍基地内における沖縄の土地の接収を容易に出来るようにするものであり、今まで反戦地主として土地の不法接収に対して抵抗してきた人々の生き方を奪おうとするものです。そして私達が守ろうとしている生命の海を奪い、戦争への道を開くものです。その法案成立を絶対に許すわけにはいきません。

 皆様の誇りある行動は私達、そして世界中で共に闘っている人々に勇気を与え、活力を与えるものです。

 大和(やまと)と沖縄(うちなー)が真の意味でつながりあうには、沖縄が大和から受けてきた全国の75%におよぶ米軍基地の押し付けを初めとする様々な差別を、大和で生き、闘う人々が謝罪の意を込め、沖縄の歴史の痛みを共有し、私達と共に生き、共に闘い、共に勝利しなければなりません。

 

私達の闘いは差別されている全ての人々の手に歴史の真実を取り戻し、過去、現在の侵略戦争によって奪われた人々の文化、人々の生命を取り戻す闘いとなることでしょう。

二度と朝鮮半島に侵略を行ってはならない、イラク、中東地域での侵略を止めなければならない、そして二度と沖縄から、侵略を行うための出撃をさせてはならない。

私達は謝罪の意を込め、朝鮮半島と中東の平和を願い闘っています。

 全ての労働をする人々、全ての学生、市民、生きとし生きる全ての人々にお願いします。足や腰が悪いおばぁ、おじぃに代わって、私達と基地建設を止めるために、戦争を止めるために共に座ってください。辺野古で私たちは待っています。

現在の私達、そしてイラクの人々の侵略という歴史の暗闇への抵抗は未来を開くバネとなる。たとえ、今は疲れ果てたとしても私達は負けることなく、揺るぎなく立ち向かわなければなりません。子や孫たちの未来のために。 

2004年6月4日

ヘリポート建設阻止協議会「命を守る会」

代表 金城 祐治(きんじょう ゆうじ




6月6日(日) 「街」日誌

ピースウォーク in 浦和 に行ってきました!




反戦帽子をかぶって、気合いを入れる2人。→
リレートーク開始!
ヨッシーとジュゴンの家はコールや、歌をうたいました。
他にも、議員や若者からの発言などがありました。
「俺は小沢一郎支持!もちろん戦争反対だ!」という60代の方は、リレートークを熱心に聞いていて、熱いなぁと思いました。
辺野古カンパももらいました!
ピースウォークは浦和の「街」を1周!

ニギヤカに歩き回りました!
そのころ杉並では・・
お店の近くの中華料理店でかんぱーい! 餃子スープを食べる中馬さん。
「うまい!」
美味しそうに食べるタカちゃん
焼豚肉まんだ〜! デザートは杏仁ド―フ!
洋平くんがお買い物に行く。 ここには売っていないみたい・・残念。 杉並の常連の杉浦さん、カンパニュラを持って来店!自分の畑で作っているそうです。



6月5日(土) 「街」日誌

今日の昼ご飯はサンマと
ヨッシーが作った三里塚キャベツ
の炒め物!




最近、品物が少ない「街」。
今日は、タカちゃんが「街」アピールビラを入れに行きました。
             夜は太鼓の練習!


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